日本語社会 のぞきキャラくり

第70回 キャラクタの「年」(3)

筆者:
2009年12月20日

ことばを発するキャラクタの「年」を4つの類に分け、そのうち最上域の『老人』を紹介したところで前回は紙数が尽きた。今回は最下域の『幼児』の紹介に入ろう。

『幼児』には、たとえば「まんま」「ブーブー」といった「赤ちゃんことば」を発するという特徴がある。大の大人も赤ん坊に向かって「元気でちたかー」などと「赤ちゃんことば」でしゃべったりすることがあるが、これは相手(赤ん坊)に合わせているだけなので、反例とするにはあたらない。それはちょうど、外国人に「あなたの心配、わたし分かります」などとカタコトの日本語で話しかけられ、日本人が思わず釣り込まれて「ありがとございます」とカタコト日本語で返してしまうことがあり得るからといって(第16回)、「カタコト日本語は『外人』の特徴」という考えを否定しなくてよいのと同じことである。

いま取り上げた「元気でちた」もそうだが、「赤ちゃんことば」のうち、よく目にするものに助動詞「です」の変異体「でちゅ」「でしゅ」がある。変異体といっても、「でちゅ」「でしゅ」は「です」とは少し違った性質を持っている。それは、動詞にも抵抗なく付き、それだけ汎用性が高いということである。

名詞(たとえば「お昼寝」)や形容詞(たとえば「ねむい」)に関しては、「です」「でちゅ」「でしゅ」いずれも付くので特に差はない(「お昼寝です」「ねむいです」、「お昼寝でちゅ」「ねむいでしゅ」)。だが、たとえば「食べるでちゅ」「わかったでしゅ」が自然であるように、「でちゅ」「でしゅ」は動詞(「食べる」「わかった」)にも抵抗なく付く。

これは実は『幼児』の「でちゅ」「でしゅ」にかぎったことではない。「食べるでおじゃる」「食べるでござる」「食べるざます」「食べるっす」などが(いくぶん誇張・戯画化された言い方だったりもするが)それなりに自然であるように、『平安貴族』の「でおじゃる」、『侍』の「でござる」、『上流婦人』の「ざます」、『後輩』の「っす」なども動詞に付く。

これが「です」ならそうはいかない。動詞には「です」が付かない。

いや、付かないというのは言い過ぎである。付くことはある。

たとえば、松本修氏の『探偵!ナイトスクープ アホの遺伝子』(2005, ポプラ社)である。同書には、テレビ番組『探偵!ナイトスクープ』の構成担当者である桑原尚志(しょうじ)氏の文章が引用されている箇所がある。そこで桑原氏は、相原・北川という先輩・後輩のディレクターが番組の作り方をめぐって殴り合うのを目撃したと語り、物を作るとはこういうことか、すごいと感じ入ったと述べている。

問題の箇所はこの直後である。桑原氏は「そのあと相原君、北川君のふたりは一緒に飲みに行ったと思います。ぼくは帰ったですけど」と述べている。

熱~い2人のディレクターに酒席で巻き込まれるのはちょっと、といった腰の引け具合が絶妙に表現されているのは、最後の部分が「帰りましたけど」ではなく、「動詞+です」の「帰ったですけど」であればこそ、なーんて感じるのは私だけだろうか。(続く)

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。