日本語社会 のぞきキャラくり

第69回 キャラクタの「年」(2)

筆者:
2009年12月13日

ことばを発するキャラクタの「年」を、4つの類に分けてみよう。といっても、4つのうち2つはすでに前回挙げた。『老人』と『幼児』である。今回はこのうち『老人』について少し詳しく述べる。

前回は「弁護士がじゃ、財産をじゃ、…」のような、文節末に現れる『老人』の「じゃ」を取り上げたが、文節だけでなく文も視野に入れてみると『老人』の「じゃ」の特徴がハッキリする。それは、たとえば「お願いですじゃ」「お願いしますじゃ」が相当数の人にとって自然であるように「『老人』の「じゃ」は「です」「ます」の文の末尾に現れ得る」ということである。

この点で『老人』の「じゃ」は『田舎者』の「だ」と似ている。一般には「お願いですだ」「お願いしますだ」とは言わないが、『田舎者』なら「おねげぇですだ」「おねげぇしますだ」のように「だ」が「です」「ます」の文の末尾に現れるからである。但し、いくら『老人』や『田舎者』でも、「弁護士がですじゃ、財産をですじゃ、…」「弁護士がですだ、財産をですだ、…」などとは言わないように、これは文節末では成り立たない。あくまで文末の「じゃ」「だ」の特徴である。

文を視野に入れると、『老人』のしゃべり方の特徴が他にも見えてくるが、やはり『田舎者』のしゃべり方と似ている部分がある。「弁護士がのぅ、…」のような間投助詞「のぅ」については前回触れたが、「のぅ、旅のお方よ」のような呼びかけの「のぅ」、「秋じゃのぅ」のような文末の「のぅ」も、『老人』のことばであり、また『田舎者』のことばでもある。若い男女が「あなたの兄さんは、まじめじゃからのう」「あなたの奥さんだって、まじめじゃからのう」と、「~じゃのぅ」で言い合うといった「遊び」の文脈は(第10回)、ここでは除外しているということに注意されたい。

『老人』と『田舎者』のしゃべり方の共通点はまだある。非丁寧体の動詞否定形が「~ない」(たとえば「できない」)ではなく、丁寧体の動詞否定形(「できません」)と同様に「~ん」(「できん」)になることも『老人』と『田舎者』に共通する特徴である。「一つくだされ」「悪いことは言わん。帰りなされ」のように、「~ください」「~なさい」ではなく、「くださる」「なさる」の命令形「~くだされ」「~なされ」で依頼・助言するのも『老人』と『田舎者』の特徴である。自分のことを「わし」と言えるのも『老人』と『田舎者』の特徴である。さらに「帽子」を「シャッポ」、「映画」を「活動写真」、「望遠鏡」を「遠めがね」というような、『老人』が発する古いことば(いわゆる「老人語」)の中にも『田舎者』が発するものがある。

以上のように『老人』と『田舎者』のしゃべり方がさまざまな点で似通っていることは、「高年齢層はことばの変化を受け入れず、昔ながらのことばをしゃべりがち」「都会のことばが地方に伝わるには時間がかかるので、地方の人は古い時代の都会のことばをしゃべりがち」という2つの傾向を組み合わせれば、一応は理解できる。

だが、傾向は傾向以上のものではなく、『老人』と『田舎者』のしゃべり方はまったく同じではない。たとえば、「駐在さんや」のように「~や」で呼びかけたり、「ここにありますぞ」「本物ですぞ」のように丁寧体で「~ぞ」としゃべったりするのは『老人』ではあるが『田舎者』とはかぎらない。またたとえば、夏の盛りに「あづぐで、あづぐで、おら、なんも、わがんね」などと言うのは『田舎者』の老若男女であって、『老人』とはかぎらない。『老人』と『田舎者』はもちろん別物だが、発話キャラクタを考える際にも両者を区別するのは、このように両者のしゃべることばが違うからである。

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。