ことばを発するキャラクタの「年」を、4つの類に分けてみよう。といっても、4つのうち2つはすでに前回挙げた。『老人』と『幼児』である。今回はこのうち『老人』について少し詳しく述べる。
前回は「弁護士がじゃ、財産をじゃ、…」のような、文節末に現れる『老人』の「じゃ」を取り上げたが、文節だけでなく文も視野に入れてみると『老人』の「じゃ」の特徴がハッキリする。それは、たとえば「お願いですじゃ」「お願いしますじゃ」が相当数の人にとって自然であるように「『老人』の「じゃ」は「です」「ます」の文の末尾に現れ得る」ということである。
この点で『老人』の「じゃ」は『田舎者』の「だ」と似ている。一般には「お願いですだ」「お願いしますだ」とは言わないが、『田舎者』なら「おねげぇですだ」「おねげぇしますだ」のように「だ」が「です」「ます」の文の末尾に現れるからである。但し、いくら『老人』や『田舎者』でも、「弁護士がですじゃ、財産をですじゃ、…」「弁護士がですだ、財産をですだ、…」などとは言わないように、これは文節末では成り立たない。あくまで文末の「じゃ」「だ」の特徴である。
文を視野に入れると、『老人』のしゃべり方の特徴が他にも見えてくるが、やはり『田舎者』のしゃべり方と似ている部分がある。「弁護士がのぅ、…」のような間投助詞「のぅ」については前回触れたが、「のぅ、旅のお方よ」のような呼びかけの「のぅ」、「秋じゃのぅ」のような文末の「のぅ」も、『老人』のことばであり、また『田舎者』のことばでもある。若い男女が「あなたの兄さんは、まじめじゃからのう」「あなたの奥さんだって、まじめじゃからのう」と、「~じゃのぅ」で言い合うといった「遊び」の文脈は(第10回)、ここでは除外しているということに注意されたい。
『老人』と『田舎者』のしゃべり方の共通点はまだある。非丁寧体の動詞否定形が「~ない」(たとえば「できない」)ではなく、丁寧体の動詞否定形(「できません」)と同様に「~ん」(「できん」)になることも『老人』と『田舎者』に共通する特徴である。「一つくだされ」「悪いことは言わん。帰りなされ」のように、「~ください」「~なさい」ではなく、「くださる」「なさる」の命令形「~くだされ」「~なされ」で依頼・助言するのも『老人』と『田舎者』の特徴である。自分のことを「わし」と言えるのも『老人』と『田舎者』の特徴である。さらに「帽子」を「シャッポ」、「映画」を「活動写真」、「望遠鏡」を「遠めがね」というような、『老人』が発する古いことば(いわゆる「老人語」)の中にも『田舎者』が発するものがある。
以上のように『老人』と『田舎者』のしゃべり方がさまざまな点で似通っていることは、「高年齢層はことばの変化を受け入れず、昔ながらのことばをしゃべりがち」「都会のことばが地方に伝わるには時間がかかるので、地方の人は古い時代の都会のことばをしゃべりがち」という2つの傾向を組み合わせれば、一応は理解できる。
だが、傾向は傾向以上のものではなく、『老人』と『田舎者』のしゃべり方はまったく同じではない。たとえば、「駐在さんや」のように「~や」で呼びかけたり、「ここにありますぞ」「本物ですぞ」のように丁寧体で「~ぞ」としゃべったりするのは『老人』ではあるが『田舎者』とはかぎらない。またたとえば、夏の盛りに「あづぐで、あづぐで、おら、なんも、わがんね」などと言うのは『田舎者』の老若男女であって、『老人』とはかぎらない。『老人』と『田舎者』はもちろん別物だが、発話キャラクタを考える際にも両者を区別するのは、このように両者のしゃべることばが違うからである。