年間1000台の遠隔タイプライター生産に明け暮れながらも、谷村は次の一手を考えていました。今は新興製作所が大きくリードしているものの、他社もいずれは、工場を復旧して追いすがって来るでしょう。その日までに、新たな技術の開発で、他社を引き離しておく必要がある、と考えていたのです。この時、新興製作所が生産していたのは「和文印刷電信機」で、カタカナと数字しか送受信できませんでした。谷村は、これに、アルファベットを追加することを考えていたのです。GHQの進駐で、英文の電信需要は増大していました。しかし、「和文印刷電信機」はアルファベットを送受信できないので、英文電信には、米軍が持ち込んだ『テレタイプ』を使用していました。和文と英文で、別々の電信機を準備しなければいけないのは、どう考えても無駄です。これらを一つにした「和欧文印刷電信機」を作りたい、と谷村は考えていたのです。
「和文印刷電信機」は、+と-の電流を6つ組み合わせて1文字を表します。一方『テレタイプ』は、+と-の電流を5つ組み合わせて1文字を表します。したがって、谷村の考える「和欧文印刷電信機」は、信号のレベルでは、「和文印刷電信機」と『テレタイプ』の両方と互換性を取ることは不可能です。それでも谷村は、「和文印刷電信機」と完全互換で、かつ『テレタイプ』の上位互換であるような、信号パターンと、それに合わせたキー配列を、鳥海や小川と共に設計することにしました。たとえば、『テレタイプ』の「A」の信号は「++---」なので、これを「和欧文印刷電信機」の「-++---」にあたる「ル」と同じキーに割り当てれば、少なくとも鑽孔テープ上は同一視できるようになります。あるいは「B」の信号は「+--++」なので、「-+--++」の「ヲ」と同じキーに割り当てます。「C」の信号は「-+++-」なので、「--+++-」の「セ」と同じキーに割り当てます。このようにして、「和文印刷電信機」の各キーにアルファベットを追加していったところ、アルファベットは何とQWERTY配列に並んでしまいました。
もともとの「和文印刷電信機」が『テレタイプ』の改造品だったのですから、当然と言えば当然です。ただ、1つのキーで3種類の文字を打ち分ける、いわゆる「3段シフト」の遠隔タイプライターは、設計自体は可能なものの、実現はかなり困難です。それでも谷村は、「3段シフト」の遠隔タイプライターが、実現可能だと信じていました。「Corona Portable」など普通のタイプライターでは、もう30年以上前から「3段シフト」が実用化されているのです。遠隔タイプライターでも、やってやれないはずがありません。
(谷村貞治(10)に続く)