タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(65):Horton Typewriter

筆者:
2019年9月19日
『Phonographic World』1886年11月号
『Phonographic World』1886年11月号

「Horton Typewriter」は、トロントのホートン・タイプライター社が、1885年に発売したダウンストライク式タイプライターです。ホートン・タイプライター社を率いるホートン(Edward Elijah Horton)は、トロントで裁判所速記者を務めており、速記の反訳や清書にタイプライターを使っていました。しかし、当時のタイプライターは、「Remington Type-Writer No.2」にしろ、「Caligraph No.2」にしろ、いわゆるアップストライク式タイプライターで、印字の瞬間には、印字された文字を見ることができませんでした。これに不満だったホートンは、みずから「Horton Typewriter」を設計し、さらにはホートン・タイプライター社を設立して、「Horton Typewriter」を生産・販売することにしたのです。

「Horton Typewriter」の特徴は、プラテンの手前にやや傾いて立っている73本の活字棒(type bar)にあります。活字棒は、それぞれがキーに繋がっていて、キーを押すと、対応する活字棒がプラテンの上面に打ち下ろされます。プラテンの上面には、紙とインクリボンが置かれていて、印字の瞬間には、インクリボンごと活字棒が打ち下ろされるのです。打ち下ろされた活字棒は、バネの力で元の位置に戻ります。すなわち、プラテンの上面で印字がおこなわれるので、縦長のインクリボンの左側に、印字された文字がどんどん現れてくるのです。

「Horton Typewriter」のキーボードは73字が収録されており、大文字小文字が、全て別々のキーに配置されています。上の広告に見えるキー配列では、キーボードの最上段は(§WERTHJPK&)と、次の段は$23ASDFGINOL"と、その次の段は45QZXVBYCUM?と、その次の段は67werthjpk;-と、その次の段は89asdfginol,と、最下段は_'qzxvbycum.と並んでいます。スペースバーは、最下段のさらに下にあります。数字の「0」は大文字の「O」で、数字の「1」は大文字の「I」で、それぞれ代用することが想定されていたようです。

ホートン・タイプライター社は、各地のタイプライター代理店と販売契約を結んでおらず、基本的にトロントでの直接販売で、しかも受注生産の形を取っていました。ニューヨーク州バッファローへの進出も試みたのですが、結果としてはうまくいかず、アメリカ特許は1887年にコックス(William Henry Cox)という人物へ売却されたようです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。