『三省堂国語辞典』は現代語の変化を敏感に取り入れる辞書ですが、それにしては、ある新語が「何年に生まれた」といった記述がありません。これは、ことばがいつ生まれたかを特定することがむずかしいからです。厳密に学問的にやろうと思えば、確認できる最古例を掲げて、時期を暗示するしかありません。
はずんだ気持ちを表す「ルンルン」も、よく使われた(今も使われる)ことばで、『三国』では第四版(1992年)から入りました。でも、発生時期は示していません。この語について、テレビアニメ「花の子ルンルン」(1979~80年)から来たという話をよく聞きますが、そこまではっきり言えるものでしょうか。
米川明彦編『日本俗語大辞典』(東京堂出版)を見ると、「ルンルン」は〈1982年から流行する。〉とあります。同書でも語源は「花の子ルンルン」説を採っていますが、ほかに、〈子供の『お手手つないでルンルンルン』から。〉という説も紹介しています。
「ルンルン」が1982年から流行したのに、もとになったのが1979~80年のアニメだとすれば、時間的な隔たりがあります。それに、1982年以前に使われた「ルンルン」の例は、「花の子ルンルン」に限りません。
草野心平の有名な詩「河童と蛙」(1938年)では、〈るんるん るるんぶ/るるんぶ るるん〉という、踊る河童の〈唄〉が繰り返されます。中学の教科書にも出てきます。
河童の唄は特殊だとしても、一般に、歌の中で「ルンルン」というスキャットはよく使われます。かぐや姫の「置手紙」(1974年)では、〈ルンルン ルルル…/今日の淋しさは 風にごまかされて/いつまでも 消えそうもない〉(作詞・作曲:伊勢正三)。
さびしい曲で、ちょっと「ルンルン気分」にはつながらないでしょうか。それなら、1978年のアニメ「ペリーヌ物語」はどうでしょう。〈ルンルン ルルル ルンルン…/春のかぜが やさしく/やさしく ほほをなでる〉(作詞:つかさ圭/作曲:渡辺岳夫)と、主題歌ははずむような曲です。「花の子ルンルン」より1年早い放送です。
おそらく、1980年代、若者の頭の中には、こういったフレーズがいろいろ入っていたのでしょう。それが、「ルンルン気分」などの言い方として現れたものと推測します。そう考えると、年代を添えて語源を示すことには、やはり慎重にならざるをえません。