日本語社会 のぞきキャラくり

第33回 計算された(?)稚拙さ

筆者:
2009年4月5日

前回述べたように、「片手直立左右振り」という身体的な否定技は基本的に『大人』の技である。その上での話だが、ここで注意しなければならないのは、『娘』が時として、いっぱしに『大人』じみた行動をとるということである。

たとえば、「~ちゃん、きれいになったねえ」などと容貌をほめられ、照れながら急いで否定して謙遜してみせる場合には、「いえいえ」という下降調の発言と共に、『娘』の片手が体の前で左右に振られる。またたとえば、皆の前でまずいことをしゃべり始めた相手に「あっ、ダメダメ! それはここで言っちゃイヤ」と、遠くからこっそり合図する際にも、やはり『娘』の片手が左右に小刻みに振られる。片手直立左右振りが「基本的に」『大人』の技だと留保を付けたのは、この意味である。

しかしながら、『娘』の技は『娘』の技である。しょせん、『大人』の技とは違っている。『大人』の片手直立左右振りは、前回取り上げたマンガにあるとおり、手刀のように、というのは言い過ぎだが、手首の先が定規を添えられたようにスラリとまっすぐ、それなりに優雅に伸びている。これに対して『娘』がせわしなく振る手は、手首がグニャグニャで、左右に振られる軌道も一定していない。指先も微妙に曲がり、優雅さが欠けている。

だが、実は『娘』の方ではそんなことは百も承知で、むしろ、その線を狙っているんじゃないか。日頃あまりハッキリとは意識しないけれども、考えてみると、手首はグニャグニャで軌道もフラフラ、指先はそろわず、曲がっているのが『娘』らしいのであって、優雅さが出てしまったらおしまいだと感じているんじゃないか。

なにしろ、『娘』というのは口をとがらせて「~なんですぅ」なんて子供っぽく言うではないか。正真正銘の子供の時分には、そんなしゃべり方はしなかったのに。「いつもハキハキしていますね」と、小学校の担任の先生にほめられたおまえはどこへ行ったのだ。「~すぅ」ってのは、『娘』になってから、幼さ、あどけなさの残るかわいさを狙って密かに自己演出しているんじゃないのか。

笑う時に口元に手をやる、その手にしても同じことである。これがスラリと指先が伸びそろい、優雅であったりすれば『大人』(『マダム』)の口元隠しになってしまう。これではちっとも若くない。かわいくない。『娘』が口元に当てる手の、指は広がり、曲がっている。そこには秘められた意図があるんじゃないか。おじさんはそう思ってしまうね。

若いということ、かわいいということは洗練されていないということであり、稚拙だということである。そしてその稚拙とは、意図的に仕組まれたものではなく、自然な、素のものであるはずである。だが、本当のところどうなのかということはまた別の問題である(第2回第3回を参照)。とにかく、手首グニャグニャ、軌道フラフラ、指はそろえず、曲げる。これが『娘』の片手直立左右振りである。

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。