ネット座談会「ことばとキャラ」

第10回 定延 利之さん

筆者:
2016年8月15日

【発言者】定延利之

友定さんのお話をうかがって,改めて文の構造について考えています。

実はこのところ,共通語についてですが,「構造上の大きな区切れの後の付属要素(コピュラや格助詞)は音調が低い」と言えないか,と考えています。

コピュラ(「だ」「です」など)について例を挙げると,「わ,人がいっぱいだなぁ」と言う場合は,平板型アクセントの語「いっぱい」に続く「だ」は高く発せられますが,「人がだなぁ,いっぱいだなぁ,入ってだなぁ,……」と言う場合の「だ」は,「いっぱい」に続くコピュラ「だ」も全て,低く発せられます。後者の場合,「いっぱい」と「だ」はあまり強く結びついておらず,両者の間には構造上大きな区切れがあるから,低いのではないかということです。たとえば「そことだね,うちでだね,打ち合わせをだね,……」「いや,社長とだ」「それも,高齢の親を置いて,だ」「スマホを見ながら,だ」「ちゃんと行っただなんて,嘘ばっかり」「あっかんべーだ」「いーだ」の「だ」,さらには「この空欄に埋まる動詞は,『行く』だな」の「だ」,「それでもう,ぐにょーってなっちゃったの」と言われて返す「それは確かに,ぐにょーだね」の「だ」も同様です。

コピュラは動詞には続かない,と言われ,確かに続きにくいと私も思いますが,その「無理」を押してつながることはあります。具体的には『田舎者』キャラの「行くだ」,『幼児』キャラの「行くでちゅ」,『上流マダム』キャラの「行くざます」,『侍』や『忍者』キャラの「行くでござる」,『平安貴族』キャラの「行くでおじゃる」,『薩摩隼人』キャラの「行くでごわす」などで,これらの「だ」「でちゅ」「ざます」「でござる」「でおじゃる」「でごわす」は皆低く発せられます。これも,「無理」を押してつながることが,大きな区切れを踏み越えてつながるということではないかと今考えています。

格助詞にも似たことが見られます。動詞に格助詞は続かないと言われることがありますが,この大きな区切れを越えて結びつく格助詞は低く発せられます。「行くがよい」「当たるを幸い」「行くに越したことは無い」「言うに事欠いて」,さらに「この国語辞典の第3巻は「乗る」から「巻く」までだ」などと言う時の格助詞「が」「を」「に」「から」「まで」は低く発せられます。

そこで,「行くぴょーん」「行くぷぅ」「行くきょ」などのキャラ助詞「ぴょーん」「ぷぅ」「きょ」ですが,「行く」との間の区切れはやはり大きそうなのに,コピュラや格助詞の場合と違って,これらの音調は低くはなくて,単独で発せられた場合と同じ音調ですよね。「兵庫県南部」の「南部」みたいな自立語なのかなぁ,そうすると「助詞」ではないから「キャラ助詞」は改名しないといけないのかなぁ,なんて考えています。

「おしんこ,ねーすかわ」の「わ」など,方言の文末に現れる,1人称代名詞由来のことばは,音調はどうなんでしょうか。

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

新企画「ことばとキャラ」は,金田純平さん(国立民族学博物館),金水敏さん(大阪大学),宿利由希子さん(神戸大学院生),定延利之さん(神戸大学),瀬沼文彰さん(西武文理大学),友定賢治さん(県立広島大学),西田隆政さん(甲南女子大学),アンドレイ・ベケシュ(Andrej Bekeš)さん(リュブリャナ大学)の8人によるネット座談会。それぞれの「ことばとキャラ」研究の立場から,ざっくばらんにご発言いただきます。