シベリアの大地で暮らす人々に魅せられて―文化人類学のフィールドワークから―

第二十二回:おしゃれなハンティ② 野生動物の毛皮の装い

筆者:
2019年4月12日

キツネの毛皮の帽子と襟巻(2012年2月ヌムトにて筆者撮影)

ハンティは家畜トナカイの毛皮だけでなく、さまざまな身近な野生動物の毛皮を使って装います。キツネ、ホッキョクギツネ、カワウソ、テン、ミンク、クズリ、リス、ウサギ等の毛皮を使います。毛皮を帽子や襟巻きにしたり、外套の襟や袖の縁取りにしたりします。これらの毛皮は防寒機能にとても優れています。厳冬期のシベリアでスノーモービルに乗り、風を受けて移動していても、キツネの帽子を身に着けていれば、まったく凍えません。

一口に毛皮といっても、動物の種類や生態によってその特徴はさまざまです。一般的に、肉食性で水の中で過ごす動物の毛皮がもっとも耐久性が高いです。アザラシやラッコ等の毛皮はとても強く、毛にハリと艶があります。毛が硬すぎるため、ラッコの場合は上毛を抜いたり、アザラシ等の場合は用途を選んだりと、工夫する必要があります。一方、草食性動物の毛皮は耐久性に劣ります。ウサギやリスの毛皮は軽く柔らかいですが、毛が寝やすく、抜けやすく、折れやすいです。その中間のキツネ、テン、ミンク、タヌキ等の毛皮は耐久性も高く、毛も密生して柔らかく良質なため、好んで使用されます。

また、生きている動物の毛皮は一年中同じ質ではなく、季節によって変化します。多くの哺乳動物は年に二回、春と秋に毛が生え換わります。これを換毛(かんもう)といいます。寒さに耐えられる冬毛になったばかりの毛皮は、毛が密生し、毛の色も鮮やかになります。紫外線を浴びると次第に毛の質や色が劣化していくため、換毛後の冬のはじめのころの動物の毛皮が最も質がよいとされます。罠や猟銃や斧などで野生動物を狩りますが、なるべく冬の換毛期後に、毛皮に目立つ傷をつけず、かつ、血で毛皮が染まらないように獲るのが重要です。そのため、熟練したハンターたちは動物の目を狙って撃ちぬきます。

 

カワウソの毛皮を袖と裾の縁取りをつけた外套
(2011年11月ヌムト)

ハンティは、キツネとホッキョクギツネの毛皮を襟巻きや帽子に使用します。キツネの毛皮は十分な大きさと毛のボリュームがあり、暖かく、模様や色も多様です。テンやミンク、カワウソは毛質がとてもよく肌触りが抜群です。耐久性もあるため帽子や外套の袖等の縁取り、外套のフードの部分に使用します。余った切れ端を針刺しやバッグなどの小物類の装飾にも使用します。リスやノウサギは柔らかいですが、小さくボリュームが劣るので外套の縁取りや、子供の人形などのおもちゃに使用します。また、ハクチョウの羽だけを取り除いてなめした羽毛皮もトナカイ毛皮の外套の裏地などに使用します。軽くて柔らかく、フワフワとして肌触りがよく、とても暖かいです。その上真っ白なので見栄えも良いです。

外套の裏地中央白い部分がハクチョウの羽毛皮。その他に人工毛皮とキツネの毛皮を合わせて縫いつけている
(2011年11月ヌムト)

毛皮の衣服は、防寒機能や肌触り、毛質、毛並み等以外にも、より美しく見えるように、よく考えて組み合わせて作成され、身につけられています。帽子と襟や縁取りの毛皮の色合いや毛足の長さをそろえたり、毛皮の色や模様が目立つように配置したりします。狩猟で立派な毛皮を得ると、何を縫おうか、どうコーディネートしようか、男性も女性もあれこれ考えて楽しみます。

リスの毛皮の外套(背部分)(2017年2月スィニャ)

ひとことハンティ語

単語:Нӑңен вантты сӑмем шеңк амәтԓ.
読み方:ナーネン ヴァントィ サーメン シェンク アミトル。
意味:あなたにお会いできてとても嬉しいです。
使い方:誰かとやっと会うことができたときに使用します。шеңк(シェンク)は「とても」という意味です。

筆者プロフィール

大石 侑香 ( おおいし・ゆか)

国立民族学博物館・特任助教。 博士(社会人類学)。2010年から西シベリアの森林地帯での現地調査を始め、北方少数民族・ハンティを対象に生業文化とその変容について研究を行っている。共著『シベリア:温暖化する極北の水環境と社会』(京都大学学術出版会)など。

編集部から

ラッコの毛皮、と聞いて思い出したのが宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』です。ジョバンニがクラスメイトに、「お父さんがラッコの毛皮の上着を持って来るよ」と揶揄されるのですが、ラッコの毛皮は耐久性に優れているのですね。そして裏地がハクチョウの羽毛皮の外套はなんて暖かそうなのでしょう!外套の裏地を見る機会はなかなか無いのでとても興味深いです。次回の更新は5月9日を予定しています。