「『日本国語大辞典』をよむ」というタイトルは、具体的にはどういうことをしようとしているかがわかりにくいともいえるので、連載を始めるにあたって、「口上」のようなものを述べておくことにしよう。
2010年12月に三省堂から『そして、僕はOEDを読んだ』という本が出版された。アモン・シェイ(Ammon Shea)という人物が書いた『READING THE OED: ONE MAN, ONE YEAR, 21,730 PAGES』という本を田村幸誠が翻訳したものだ。「OED」は『The Oxford English Dictionary』のことで、1989年には20巻から成る第2版が刊行されている。この20巻の「OED」、総計21,730ページ を、一人で、1年間をかけて読み通したという本が『そして、僕はOEDを読んだ』である。
この本は、ある月曜の朝に60キログラムを超える20巻のOEDがアモン・シェイのアパートに届くところから始まる。『日本国語大辞典』第2版全13巻(14巻は索引等が載せられている別巻なので、これは除く)は量ってみると、そこまでの重量はないが、総ページ数は20,000ページぐらいなので、こちらはまずまず「OED」20巻にちかい。
『日本国語大辞典』第2版は、現在刊行されている国語辞書で最大規模のものである。この『日本国語大辞典』第2版(以下第1版のことを話題にする場合のみ版の別を示す)のみが大型辞書といってよい。『広辞苑』を大型辞書と思っている人がいるかもしれないが、『広辞苑』は中型辞書である。アモン・シェイは1年間で「OED」を読んだことになっているが、20,000ページを1年間で読破するためには、1か月に1,600ページ以上を読まなければならない。アモン・シェイは「一日に八時間から一〇時間、OEDと向き合っていた」(16ページ)とのことであるが、大学の教員である筆者にはそのようにすることはできない。実際にきちんとメモをとりながら『日本国語大辞典』を読み始めたのは、2015年9月24日からであるが、2016年4月1日から2017年3月31日までは勤務先の大学から「特別研究期間」を認めていただき、授業担当や会議等から離れることができた。その期間を有効に使いながら、現時点では、2018年の1月ぐらいに、『日本国語大辞典』全13巻をよんだ結果をまとめられればと思っている。
上ではもう『日本国語大辞典』を読むことになってしまっているが、筆者がどうしてそのようないわば「暴挙」をしようと思ったかについても少し説明しておこう。筆者はこれまでに『漢語辞書論攷』(2011年、港の人)、『明治期の辞書』(2013年、清文堂出版)、『辞書からみた日本語の歴史』(2014年、ちくまプリマー新書)、『辞書をよむ』(2014年、平凡社新書)、『超明解!国語辞典』(2015年、文春新書)など辞書を「よむ」ということをテーマとした本を出版させてもらっている。古辞書から現代出版されている辞書まで、さまざまな辞書を読みながら、いろいろなことを考えた。そうしたいわば「経験」に基づいて『日本国語大辞典』を読んだら『日本国語大辞典』がどのような辞書にみえるか、ということがまず考えたことだ。『日本国語大辞典』を「よむ」といっても、どのような読みかたをするかによって、それに必要な時間も変わってくる。そこで、2018年の1月ぐらいには、『日本国語大辞典』を読み、その結果をまとめ終わるという目標を設定し、それに合わせたペースを保つように心がけた。もっと時間を費やせば、「よみ」はまた変わってくるだろう。気がつくことも当然増えることが予想される。とにかく、上のような目標のもとに『日本国語大辞典』を読んだ、その結果を少しずつここに書いていくことにする。
連載開始にあたって、筆者の用語を説明しておきたい。筆者は辞書は「見出し+語釈」という基本形式に基づいて記述されていると捉えることにしている。これは過去の辞書にも現代刊行している辞書にもあてはめることができる。「見出し+語釈」全体が辞書の一つ一つの「項目」である。筆者のいう「見出し」は英語辞書学では「headword」あるいは「lemma」(レマ)と呼ぶということを大学の同僚の大杉正明先生に教えていただいた。『日本国語大辞典』はかなり丁寧に見出しが実際に使われている文献の名前と実際の使用例とをあげている。この使用例は必ず「よむ」ことにはしなかった。必ず「よむ」のは(当たり前であるが)「見出し」と「語釈」とである。
連載では、『日本国語大辞典』を読んで筆者が気づいたこと、思ったこと、考えたことをできる限り具体的にとりあげ、述べていきたい。今回は紙面が残り少ないので、ごく少しだけの話になってしまったが、「こんな対義語がありました」ということをとりあげることにする。
『日本国語大辞典』第1巻に載せられている「凡例」の「語釈について」の四「語釈の末尾に示すもの」の2に「同義語の後に反対語・対語などを↔を付して注記する」と記されている。「対語」は「ついご/たいご」で『日本国語大辞典』は「対(つい)になっていることば」と説明している。さて、『日本国語大辞典』には「あつやっこ(熱奴)」という見出し項目があって、「豆腐を小さく四角に切って熱した料理。湯豆腐(ゆどうふ)。↔冷奴(ひややっこ)」という語釈が配されている。「アツヤッコ」って何? と一瞬思ったが、「ユドウフ」のことだ。現在はもっぱら「ユドウフ」という語を使っているので、かつて「アツヤッコ」があって「ヒヤヤッコ」があったということがあまり意識されなくなっていることがわかる。こういう「発見」がおもしろい。次回から、そうした筆者の「気づき」を「報告」していきたい。
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