「百学連環」を読む

第36回 ベイリーの引用の引用の引用?

筆者:
2011年12月9日

書物の世界、言語の世界で、ある対象を追跡していると、当初は思ってもいなかったような場所に迷い込むことがあります。私たちは、「術」の定義の出所を追いかけて、西周⇒ウェブスター⇒ハズリットと辿ってきました。

「術」の定義の連鎖も、ここで話が終わればよかったのですが、実はハズリットの文章も、どうやらよそから持ってこられたもののようなのです。

いろいろあるのですが間は飛ばして、ハズリットの定義からさらに遡ることおよそ100年。辞書編纂者のネイサン・ベイリー(Nathan Bailey, ?-1742)による『The Universal Etymological English Dictionary』(1731年版)を見てみます。例によってARTの項目を覗いてみましょう。なにが書いてあるでしょうか。

定義の冒頭ではラテン語、ギリシア語の語源を示した後で、「アートはさまざまに定義されている」と始まり、スコラ学者(Schoolmen)による定義が提示され、それに続いて次のような文章が現れます。

  Others define it a proper disposal of the things of nature by human thought and experience, so as to make them answer the designs and uses of mankind;

Nathan Bailey, The universal etymological English dictionary, Vol.II, 1731

 

またしても見覚えのある文章です。訳してみます。

 他にはこう定義する者もある。人間の思考と経験によって自然の事物に適切な処理を施し、人の企図や用途に適うよう仕立てること。

ここではベイコンの名前こそ出ていませんが、前回ご紹介したハズリットの定義とほとんど同じ文章です。比較のために、該当部分を今一度訳文と併せて引用しておきましょう。

  ART is defined by Lord Bacon as a proper disposal of the things of nature by human thought and experience, so as to answer the several purposes of mankind;

 ベイコン卿は「術」を次のように定義している。人間の思考と経験によって自然の事物に適切な処理を施し、人の各目的に適うように仕立てること。

Hazlitt, FINE ARTS、p.1

 

ハズリットでは、この定義の出典をベイコン卿としている点が加えられていますが、あとの部分はほぼそのままベイリーの定義と同じです。”so as to”以下の言い回しが少し違って、ベイリーが「企図や要素(the designs and uses)」としたところを、ハズリットは「各目的(the several purposes)」とまとめていますね。

こうなると、ベイリーもまたどこかからこうした文章を引用してきたのではないかと考えてみたくなります。ベイコン卿の著書から取ってきたのか、名言集のようなものから持ってきたのか。そこは分かりませんが、少なくともベイリー以後18世紀、19世紀のさまざまな辞書や百科事典その他の書物で、ベイリーと同じ「アート」の定義が掲げられてゆくことになります。

さて、そろそろ「百学連環」に戻らなければなりませんが、その前にもう一つだけ。先に、ウィリアム・ハズリットが『エンサイクロペディア・ブリタニカ』第7版の「アート」の項目に寄せた文章を見ました。

気になったので調べてみたところ、少なくとも『エンサイクロペディア・ブリタニカ』第3版(1797年)の「アート」の項目は、ハズリットによる定義と同じ書き出しになっており、少なくとも冒頭から段落二つ分まではほとんど同じ文章です。ハズリットは1778年生まれの人ですから、第3版は別の執筆者によるものでしょう。

面白いのは、こうした「アート」の定義を本当は誰が書いたのかということとは別に、「ベーコン卿曰く……」とか、「ハズリットの定義では……」という形であちこちに引用されていることです。

一方では、この定義が言い得ていると評価されているからこそ、そのように流通するのでしょうし、他方では、多くの人が本当の出典を気にせず、また、出典を自ら確認してみようとせずに、こうした引用を行っているということが窺えます。これぞまさに伝言ゲームではないでしょうか。

さて、追いかければ切りもないことですが、「百学連環」に戻ることにしましょう

筆者プロフィール

山本 貴光 ( やまもと・たかみつ)

文筆家・ゲーム作家。
1994年から2004年までコーエーにてゲーム制作(企画/プログラム)に従事の後、フリーランス。現在、東京ネットウエイブ(ゲームデザイン)、一橋大学(映像文化論)で非常勤講師を務める。代表作に、ゲーム:『That’s QT』、『戦国無双』など。書籍:『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(吉川浩満と共著、朝日出版社)、『問題がモンダイなのだ』(吉川浩満と共著、ちくまプリマー新書)、『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)など。翻訳書:ジョン・サール『MiND――心の哲学』(吉川浩満と共訳、朝日出版社)ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)など。目下は、雑誌『考える人』(新潮社)で、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」、朝日出版社第二編集部ブログで「ブックガイド――書物の海のアルゴノート」を連載中。「新たなる百学連環」を構想中。
URL:作品メモランダム(//d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/
twitter ID: yakumoizuru

『「百学連環」を読む 』

編集部から

細分化していく科学、遠くなっていく専門家と市民。
深く深く穴を掘っていくうちに、何の穴を掘っていたのだかわからなくなるような……。
しかし、コトは互いに関わり、また、関わることをやめることはできません。
専門特化していくことで見えてくることと、少し引いて全体を俯瞰することで見えてくること。
時は明治。一人の目による、ものの見方に学ぶことはあるのではないか。
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