漢字の現在

第248回 「琉球」の文字

筆者:
2012年12月20日

沖縄では、土産物店の中に、「魔除け獅子(シーサー)」と書かれたものがあった。このルビは地域音だ。シーサーと獅子とは別の語と認識している人もいた。国際通りでは「波布蛇箱 HabuBox」という店があった。ハブには「飯匙(イ+青)(イ+青)」という表記もあり、台湾語からとされることもある。

この地では、当たり前のことだが「琉球」の2字をあちらこちらで目にする。また、「本格琉装」ともあり、1字に略すことができるようになっている。「琉球」は、中国でかつて台湾などを含めた称であり、「流求」などとも書かれていた。何らかの語に漢字を当て、後に玉偏で飾ったものだろう。「琉」は子の名に用いたいとしてこの地から強く要望され、裁判を経て人名用漢字に入ったものだ。今では、本土でも万葉仮名風ながらも人気を博しており、男子の新生児の命名使用漢字ベスト20に食い込んでいるようだ。

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沖縄に来ることを「来沖(おき・チュウ)」と言うことがあるなど、「沖」に音読みが現れる。沖積世くらいしか思い浮かばない。島々ではもっと、個性的な字が使われていそうだ。すでに15世紀には、漢字平仮名交じり文が公用されていて、さらに清朝の文献資料には「辻」「粂」などの日本製漢字を用いた琉球王国の地名がときに読みが漢字で付されながら記録されていた。

ここの店では、「伊勢海老」「クルマエビ」、「そば」(ソーキソバ)となっていて、「蛯」や「そば」の変体仮名はこの南方の地ではさすがに見られない。そもそもそば屋には、本土のような暖簾も見かけない。看板もどことなくアメリカ風のものがある。「やんばるの杜」と、「杜」の字は意外にもここでも見かけた。市場では、原色の見たことのない魚が売買されている。

「駐車場では御座いません」、「御協力!!」、どことなくこちらの方の少し高めの明るい声が聞こえてきそうな表記に見える。「上等」という漢語も、西日本や年配層では日常的に使われるが、ここでは一層よく使われている。長音符(音引き、近頃は「伸ばし棒」とも)の「ー」を「~」(ニョロと呼ぶ人も)に変えた表示も、この地にはなぜかよくマッチする。「昇龍」は中華料理店名としてはどこにでもありそうだが、ここで見ると何かが違う。メニューには「熱々」はもちろんだが、気候が熱いせいか「冷々」も見られた。

中国から伝来した独特の数字「蘇州碼」(すうちうま)が主に帳簿の記録に用いられた。本州でも、帳簿には符丁が店ごとに発達していた。与那国島では「カイダー文字」という素朴な象形文字も用いられていて、最近研究がなされるようになってきた。そこではほかにも、家判(ヤーハン)なども見られ、漢字との関わりの有無、強弱など興味が尽きない。その先はもう台湾となる。

筆者プロフィール

笹原 宏之 ( ささはら・ひろゆき)

早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』、この連載がもととなった『漢字の現在』(以上2点 三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。『漢字の現在』は『漢字的現在』として中国語版が刊行された。最新刊は、『謎の漢字 由来と変遷を調べてみれば』(中公新書)。

『国字の位相と展開』 『漢字の現在 リアルな文字生活と日本語』

編集部から

漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。