地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第247回 井上史雄さん:関西弁「おでん」「関東煮」のアジア進出
Asian advancement of Western Japanese dialect “oden” and “kanto-daki”

筆者:
2013年3月30日

第239回で台湾の“おでん”が話題になりました。歴史をたどりましょう。関西弁のアジア進出の適例です。「黑輪olen」は関西の串刺し「おでん」の形を保っているし、「關東煮」「关东煮」guān dōng zhŭは関西弁の「かんとだき」の進出なのです。

起源は豆腐の串刺しです。一本足の「田楽踊り」にちなんで、関西で「おでん」と名づけられました。一方江戸では《煮込みおでん》が「おでん」と呼ばれました。これが関西に伝わって、区別のために「かんとだき」〈関東煮〉と呼ばれました。

これが東アジアに広がります。台湾語(閩南ミンナン語)ではダ行音とラ行音の区別がないので、日本語の「おでん」が「オレンolen」と発音され、「黑輪」(中国語の当て字)と書かれました。屋台料理だったので、植民地時代からあったかもしれません。李仲民さんと郭碧蘭さんの調査では、台湾の7-11が1985年に「黒輪 おでん oden」を”關東煮”として導入し、2007年から全面的に販売したそうです。

【写真1】台湾の「関東煮」と「黑輪」
【写真1】台湾の「関東煮」と「黑輪」
(クリックで全体を表示)

【写真1】は1998年の台湾での写真です。略字の「関東煮」とひらがなの「おでん」で、日本らしさを示しています。右に「黑輪olen」(繁体字)の写真があります。形は田楽刺しを伝えています。この写真によると、台湾の「關東煮」と「黑輪」は、上位概念と下位概念(全体と部分)の違いがあるようです。

中国(大陸)にも伝わりました。中国のインターネット検索サイト「百度」baidu www.baidu.jp/ でも情報検索ができます。「1997年中国大陸の日資本コンビニ(便利店)の罗森(羅森Lawson)がおでんを大陸に取り入れ」たのだそうです。インターネットで「关东煮」の画像を検索すると写真がたくさん出ます。いくつかは日本風を強調しています。

グーグルトレンドGoogle trends www.google.co.jp/trends/exploreのグラフで「关东煮」の最近の増え方が分かります。また地図を見ると、中国の海岸部だけです。日本との交流の多いところに先に普及したのです【図2】。

なお韓国語でも「오뎅」オデンと言いますが、中のかまぼこのことだそうです。

【図2】グーグルトレンドGoogle trends「关东煮」の地図

【図2】グーグルトレンドGoogle trends「关东煮」の地図

関西弁は世界各地に進出しています。インターネットジャーナルDialectologiaにもokini, maidoなどの世界地図が掲げられています(ただダウンロードに時間がかかります)。

www.publicacions.ub.edu/revistes/ejecuta_descarga.asp?codigo=725

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 井上 史雄(いのうえ・ふみお)

国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 //www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 //dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

『日本語ウォッチング』『経済言語学論考  言語・方言・敬語の値打ち』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。