タイプライターに魅せられた男たち・第137回

フランツ・クサファー・ワーグナー(4)

筆者:
2014年6月26日

ビジブル・タイプライターの夢をあきらめたわけではないものの、この頃、ワーグナーは、アメリカン・ライティング・マシン社と組んで、アップストライク式タイプライターにおけるシフト機構の開発にも取り組んでいました。「Remington Standard Type-Writer No.2」のプラテン・シフト機構(U.S. Patent No.202923)は、その名の通りプラテンを前後に移動することによって、1つのキーで2種類の文字を打ち分ける機構でした。これに対抗して、ワーグナーは、プラテンではなく活字棒の方を前後に移動することで、3種類以上の文字を打ち分ける機構に挑戦したのです。最終的にワーグナーは、活字棒の支点の位置を前後させることにより3種類の文字を打ち分ける機構、いわゆるダブル・シフト機構の製作に成功しました。しかも、ワーグナーのダブル・シフト機構は、その原理上、精度さえ上げれば、4種類でも5種類でも打ち分けることが可能となるのです。

ワーグナーのダブル・シフト機構(U.S. Patent No. 326178)
ワーグナーのダブル・シフト機構(U.S. Patent No. 326178)

このダブル・シフト機構の特許を、ワーグナーは1885年4月9日に出願しました。しかし、時すでに遅く、アメリカン・ライティング・マシン社はヨストの手を離れ、コネティカット州ハートフォードへと移転してしまいました。ワーグナーのダブル・シフト機構の特許は、1885年9月15日に成立しました(U.S. Patent No. 326178)が、ヨストやミラーはこの特許を買い取らず、結局、スミス(Stephen Terhune Smith)とウンズ(Henry Harmon Unz)という人物が、このダブル・シフト機構の特許を買い取ることになりました。

その後、ワーグナーは、スミスの依頼で、ガスバーナーの事故防止装置の特許を取得(U.S. Patent No. 374096)、スミスに譲渡しています。一方、ウンズは、ワーグナーのダブル・シフト機構をさらに改良し、27キーで81種類の文字を打てる「National Typewriter」を、1889年に発売しました。これらの特許のロイヤリティを元に、ワーグナーはニューヨーク州デニングに400エーカーの土地を買い求め、家族とともに夏はデニングで過ごすようになりました。

「National Typewriter」
「National Typewriter」

フランツ・クサファー・ワーグナー(5)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。毎週木曜日の掲載です。とりあげる人物が女性の場合、タイトルは「タイプライターに魅せられた女たち」となります。