「打っている最中の文字が見えるよう改良すべき」という、ワーグナーのタイプライター改良案は、ヨストとしても傾聴すべきものでした。ヨストは既に「Caligraph」を、アメリカン・ライティング・マシン社から発表していましたが、「Caligraph」は、いわゆるブラインド・タイプライターで、打っている最中の文字は見えません。その意味では、ワーグナーが提案するビジブル・タイプライター(打っている最中の文字が見えるタイプライター)は、確かに魅力的なものです。しかし、ワーグナーの提案は、そのままでは実現不可能で、さらなる改良が必要でした。
1883年6月14日、ワーグナーは新たなタイプライター特許を、アメリカン・ライティング・マシン社のミラー(William F. Miller)を譲渡先として、出願しました。このタイプライター特許の特徴は、タイプシャトルを下向きに吊り下げた、いわば吊下型タイプシャトルでした。2つの吊下型タイプシャトルには、それぞれ11個ずつ活字が取り付けられていて、22個のキーに対応する活字が、それぞれ下向きにインクリボンごと撃ち抜かれます。そうして、タイプシャトルの下に置かれた紙の上に、文字が順に印字されていくわけです。ワーグナーの提案によれば、タイプライターの上から印字部分が覗きこめるようになっており、その意味では、ビジブル・タイプライターの一種と言えるものでした。また、吊下型タイプシャトルの活字数を13個にすることで、2つのタイプシャトルでA~Zの26字が実装可能でした。
しかし、26キーなら実現可能だとしても、たとえば「Caligraph No.3」の78キーにまで増やそうとした場合、ワーグナーの手法では、吊下型タイプシャトルを6個も配置する必要が生じます。吊下型タイプシャトルは、どう考えても3個までが実装の限界で、6個ものタイプシャトルを同時に実装するのは無理がありました。ワーグナーの新たなタイプライター特許は、1884年7月15日に成立しました(U.S. Patent No. 302178)が、しかし、ミラーはこの特許を、パイン通りのエドワード・P・ハミルトン社という不動産会社に売却してしまいました。ワーグナーのビジブル・タイプライターは、またしても実用化されなかったのです。
(フランツ・クサファー・ワーグナー(4)に続く)