アメリカン・ライティング・マシン社の生産工場で、ワーグナーは、まず「Remington Type-Writer No.2」に対する技術検討をおこなっています。「Remington Type-Writer No.2」は、E・レミントン&サンズ社が1878年1月に発売したタイプライターで、プラテン・シフト機構によって、38キーで76種類の文字を打ち分けることができました。ヨストは、「Remington Type-Writer No.2」を凌ぐタイプライターの開発を、ワーグナーに期待していたのです。
「Remington Type-Writer No.2」は、小型機械としては非常に出来の良いものだが、まだまだ改良すべき点がある、とワーグナーは考えました。まず第一に、メインフレームに用いているネズミ鋳鉄を、もっと軽くて硬い金属に変えるべきだ、というのです。銃やライフルに較べれば、タイプライターの駆動には大した衝撃はないのだから、重量よりも剛性を重視して材料を選ぶべきだというのです。また、「Remington Type-Writer No.2」のプラテン・シフト機構は、1つの活字棒にせいぜい2個の活字しか付けられないが、もう一工夫すれば3個あるいはそれ以上の活字を付けられるのではないか、とワーグナーは考えました。それらに加え、「Remington Type-Writer No.2」の最大の欠点は、印字面がプラテンの下面にあって、打っている最中に全く見えないことである、とワーグナーは結論づけました。プラテン・シフト機構や、重力に依存した印字機構(いわゆるアップストライク式)を捨て去って、打っている最中の文字が見えるよう改良すべきだと、ワーグナーは考えたのです。
1880年7月9日、ワーグナーは、非常に斬新なタイプライター特許を申請しました。縦型タイプシャトルと呼ばれる活字棒の先には、12個の活字が取り付けられており、12のキーのそれぞれに応じてタイプシャトルの角度が変わって、対応する活字が印字されます。印字がおこなわれるのはプラテンの前面なので、打っている最中の文字を見ることができます。縦型タイプシャトルの駆動を確実にするために、さまざまな個所に、バネが配置されていました。
この特許は、ヨスト個人を譲渡先として、1880年10月5日に成立しました(U.S. Patent No.232913)。しかしヨストは、アメリカン・ライティング・マシン社の新たなタイプライターに、ワーグナーのこの特許を使うことができませんでした。あまりに斬新すぎるアイデアで、実現不可能だったのです。大文字26字、小文字26字、数字8字の合計60種類を実装する場合、ワーグナーのアイデアによれば、少なくとも5つの縦型タイプシャトルが必要です。しかし、それら5つのタイプシャトルを、同一の位置に印字できるよう配置するのは、どう考えても不可能でした。
(フランツ・クサファー・ワーグナー(3)に続く)