タイプライターに魅せられた男たち・第135回

フランツ・クサファー・ワーグナー(2)

筆者:
2014年6月12日

アメリカン・ライティング・マシン社の生産工場で、ワーグナーは、まず「Remington Type-Writer No.2」に対する技術検討をおこなっています。「Remington Type-Writer No.2」は、E・レミントン&サンズ社が1878年1月に発売したタイプライターで、プラテン・シフト機構によって、38キーで76種類の文字を打ち分けることができました。ヨストは、「Remington Type-Writer No.2」を凌ぐタイプライターの開発を、ワーグナーに期待していたのです。

「Remington Type-Writer No.2」は、小型機械としては非常に出来の良いものだが、まだまだ改良すべき点がある、とワーグナーは考えました。まず第一に、メインフレームに用いているネズミ鋳鉄を、もっと軽くて硬い金属に変えるべきだ、というのです。銃やライフルに較べれば、タイプライターの駆動には大した衝撃はないのだから、重量よりも剛性を重視して材料を選ぶべきだというのです。また、「Remington Type-Writer No.2」のプラテン・シフト機構は、1つの活字棒にせいぜい2個の活字しか付けられないが、もう一工夫すれば3個あるいはそれ以上の活字を付けられるのではないか、とワーグナーは考えました。それらに加え、「Remington Type-Writer No.2」の最大の欠点は、印字面がプラテンの下面にあって、打っている最中に全く見えないことである、とワーグナーは結論づけました。プラテン・シフト機構や、重力に依存した印字機構(いわゆるアップストライク式)を捨て去って、打っている最中の文字が見えるよう改良すべきだと、ワーグナーは考えたのです。

ワーグナーが設計した縦型タイプシャトル式タイプライター(U.S. Patent No.232913
ワーグナーが設計した縦型タイプシャトル式タイプライター(U.S. Patent No.232913)

1880年7月9日、ワーグナーは、非常に斬新なタイプライター特許を申請しました。縦型タイプシャトルと呼ばれる活字棒の先には、12個の活字が取り付けられており、12のキーのそれぞれに応じてタイプシャトルの角度が変わって、対応する活字が印字されます。印字がおこなわれるのはプラテンの前面なので、打っている最中の文字を見ることができます。縦型タイプシャトルの駆動を確実にするために、さまざまな個所に、バネが配置されていました。

この特許は、ヨスト個人を譲渡先として、1880年10月5日に成立しました(U.S. Patent No.232913)。しかしヨストは、アメリカン・ライティング・マシン社の新たなタイプライターに、ワーグナーのこの特許を使うことができませんでした。あまりに斬新すぎるアイデアで、実現不可能だったのです。大文字26字、小文字26字、数字8字の合計60種類を実装する場合、ワーグナーのアイデアによれば、少なくとも5つの縦型タイプシャトルが必要です。しかし、それら5つのタイプシャトルを、同一の位置に印字できるよう配置するのは、どう考えても不可能でした。

フランツ・クサファー・ワーグナー(3)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。毎週木曜日の掲載です。とりあげる人物が女性の場合、タイトルは「タイプライターに魅せられた女たち」となります。