ビジブル・タイプライターという夢に魅せられたワーグナーは、1886年1月28日、新たなタイプライター特許を申請します。活字を78個とりつけた巨大なタイプホイール、という途方もないアイデアで、ビジブル・タイプライターを実現しようとしたのです。タイプホイールの側面に取り付けられた3列の活字は、各列がそれぞれ大文字26個、小文字26個、数字10個+記号16個、となっており、タイプホイールのシフト機構によって打ち分けます。タイプホイールの上には、つまみと文字盤が取り付けられていて、つまみを回転させることでタイプホイールが回転し、指定された文字に対応する活字が、プラテン側に向きます。つまみの真ん中には大きなボタンがあり、つまみごと押し下げることでプラテンが活字側に倒れてきて、紙の上に印字されるという機構を、ワーグナーは設計したのです。
ワーグナーのタイプホイール式ビジブル・タイプライター特許は、1887年6月7日に成立しました(U.S. Patent No. 364556)。しかしその間に、アメリカのビジブル・タイプライター事情は、大きく変化していました。1886年6月に「Crandall New Model」が発売されたのです。「Crandall New Model」は、タイプスリーブとよばれる円筒に14個×6列の活字を埋め込んだ、28キーのビジブル・タイプライターでした。各キーを押すと、タイプスリーブが回転しながらプラテンへと打ち下ろされ、プラテンの前面に挟まれた紙に印字がおこなわれるので、オペレータが常に印字を確かめることができるようになっていました。28個のキーには、それぞれ、大文字・小文字・数字もしくは記号、の3種類の文字が対応しており、「CAP’S」と「F.&P.」のダブル・シフト機構でタイプスリーブを上下させて、打ち分ける仕掛けになっていました。発明者のクランドール(Lucien Stephen Crandall)は、以前はヨストやデンスモア(James Densmore)のもとで働いていたのですが、特許の問題がこじれてアメリカン・ライティング・マシン社を離れ、その後は独自のタイプライターを開発し続けていました。
ビジブル・タイプライターとしての「Crandall New Model」は、やや低速ではあるもののキーボードによるタイピングを実現しており、ワーグナーのタイプホイールのアイデアに較べて、かなり先を歩んでいました。先を越されたワーグナーは、それでも、新たなアイデアを絞り出し続けることにしたのです。
(フランツ・クサファー・ワーグナー(6)に続く)