タイプライターに魅せられた男たち・第139回

フランツ・クサファー・ワーグナー(6)

筆者:
2014年7月10日

改良策としてワーグナーは、タイプホイールの上に取り付けた「つまみ」ではなく、別の方法でタイプホイールを回転させることを考えました。タイプホイールの手前にU字型のフックを配置し、指を入れてフックを左右に動かすことで、タイプホイールが回転するようにしたのです。指フックの上には文字盤を置き、どの位置がどの活字に対応しているか、一目でわかるようにしました。また、タイプホイールの側面には、28個×4列の活字を埋め込み、各列は、記号および数字、小文字、大文字、イタリック体の大文字、が印字できるようにしたのです。

改良版のタイプホイール式ビジブル・タイプライターの機構図(U.S. Patent No. 393318)

改良版のタイプホイール式ビジブル・タイプライターの機構図(U.S. Patent No. 393318)

改良版のタイプホイール式ビジブル・タイプライターの特許は、1888年11月20日に成立しました(U.S. Patent No. 393318)。さらにワーグナーは、キーボードでタイプホイールを回転させる印字機構に挑戦します。U字型の指フックでは、高速な印字は期待できず、「Crandall New Model」にかなわなかったからです。

キーボードでタイプホイールを回転させるためには、タイプホイールをかなり小型化しなければなりませんでした。キーを指先で押す程度の力では、大きなタイプホイールを回転させるだけのトルクが出ないからです。タイプホイールを小型化すると、今度は印字の方法が問題となりました。プラテンが活字側に倒れてくるやり方では、小型タイプホイールは吹き飛んでしまいます。ワーグナーは、小型タイプホイールをプラテンに向かって打ち下ろすやり方へと、印字機構を完全に改めてしまいました。これでは「Crandall New Model」の二番煎じです。そこでワーグナーは、インクリボンを無くすことを考えました。小型タイプホイールの左右に、インクを染み込ませた布製の円筒を配置しておき、小型タイプホイールが回転すると、活字にインクが塗られるようにしたのです。

ワーグナーが設計した小型タイプホイール式ビジブル・タイプライターの機構図(U.S. Patent No. 454692)

ワーグナーが設計した小型タイプホイール式ビジブル・タイプライターの機構図(U.S. Patent No. 454692)

けれどもこの方法には、致命的な弱点がありました。同じ文字ばかりを連続して打つと、印字される文字がどんどん薄くなってしまうのです。ワーグナーは、小型タイプホイール式ビジブル・タイプライターの特許を、1889年12月19日に申請し、1891年6月23日に取得しました(U.S. Patent No. 454692)。しかし、ワーグナーのタイプホイール式ビジブル・タイプライターは、弱点が克服されなかったこともあり、結局、実用化には至りませんでした。また、これと並行して、ワーグナーは、複数のタイプライター特許を取得(U.S. Patents Nos. 411361and 414095)しているものの、いずれも実用化には至らなかったようです。

フランツ・クサファー・ワーグナー(7)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。毎週木曜日の掲載です。とりあげる人物が女性の場合、タイトルは「タイプライターに魅せられた女たち」となります。