地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第246回 田中宣廣さん: 学校の方言

筆者:
2013年3月23日

最近は,学校におきましても,方言の拡張活用の例が認められます。学校とは,以前ですと,共通語を教育する中心的機関と認識されていましたので,このような動きは,画期的なことと思います。

この連載で私は,これまでに,学校における方言の拡張活用例を2例紹介しています。第121回:岩手県盛岡市の岩手大学内の,学生と社会人の交流企画の「かだる」と,第166回:岩手県立宮古高校の文化祭ポスター「がんばっぺ宮高」です。それぞれ,その回のテーマの一例として紹介しました。今回は,このほかの,学校での使用例です。

【写真1】小学校の出迎え方言メッセージ
【写真1】小学校の出迎え方言メッセージ
(クリックで全体を表示)
【写真2】PTAの方言標語
【写真2】PTAの方言標語
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【写真3】大学祭パンフレット表紙
【写真3】大学祭パンフレット表紙
(クリックで全体を表示)

最初の例は,小学校です。地域に関する学習の一つが動機になっているものと思われます。岩手県宮古市の宮古小学校です。来客用入り口に,「ようこそおでんした」(ようこそいらっしゃいました)の歓迎の方言メッセージが掲げられています【写真1】。つまり,この小学校を訪れるお客さんは皆,このメッセージに迎えられるというわけです。

第2例は,PTAの標語です。青少年健全育成活動標語で,宮古市の入賞3作のうち1作に選ばれた中に,方言を使ったものがありました。「『やめっぺす』勇気ある君 友救う」です【写真2】。「やめっぺす」の意味は「やめましょう」です。これは,方言エールのところでも,述べたことですが,方言で伝えたほうが,友人の心に確かに伝えることができる,ということから使われたものと思われます。

第3例は,大学での例です。岩手県滝沢村の岩手県立大学では,昨年10月の大学祭のテーマを「維新~んだば、やってみっぺし~」としました【写真3】。方言の部分の意味は,「それならば,やってみましょう」です。このテーマを決めるときには,私も,関わりました。

ここで,第2例と第3例のおしまいの「―ぺす」と「―ぺし」について少し説明します。これは,古代語の「―べし」に由来する表現で,丁寧な勧誘を表す方言です。東北弁では「―べー」とか「―っぺ」が勧誘の表現に使用されますが,それらより丁寧なのです。「―べし」の原形に近いもので,原形に近いほど丁寧度が高い,という日本語の敬語の原則によるものです。

皆さんご自身が通っている(または,通っていた)学校,あるいは,お住まいの近くの学校にも,方言の拡張活用例があるかもしれません。ぜひ,注意して見つけてみましょう。見つけましたら,私たちに教えてください。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。