人名用漢字の新字旧字

第37回 「勺」と「

筆者:
2009年6月18日

新字の「勺」(勹の中に丶)は常用漢字なので、子供の名づけに使うことができます。旧字の「」(勹の中に一)は、昭和56年9月30日までは子供の名づけに使えたのですが、翌10月1日以降は使えなくなりました。でも、新字の「勺」も、使えなくなりそうだったのです。

昭和21年11月16日に内閣告示された当用漢字表には、旧字の「」が収録されていました。昭和23年1月1日に施行された戸籍法施行規則は、子供の名づけに使える漢字を当用漢字表1850字に制限しました。したがってこの時点では、旧字の「」は出生届に書いてOKだったのですが、新字の「勺」はダメだったのです。昭和24年4月28日、当用漢字字体表が内閣告示され、新字の「勺」が当用漢字になりました。これを受けて法務府民事局は、当用漢字表に加えて当用漢字字体表も子供の名づけに使ってよい、と回答しました(昭和24年6月29日)。この結果、旧字の「」も新字の「勺」も、どちらも出生届に書いてOKとなったのです。

昭和52年1月21日、国語審議会は文部大臣に、新漢字表試案を報告しました。新漢字表試案は、当用漢字に83字を追加し33字を削除する案で、1900字を収録していました。ところが、新字の「勺」も旧字の「」も、新漢字表試案には収録されていなかったのです。しかも国語審議会は、昭和53年6月30日の総会で、「子の名に用いる漢字及びその扱いについて」の審議を実質的にあきらめ、人名用漢字については法務省にゆだねることを決定しました。

法務省では、昭和54年1月25日に民事行政審議会を発足させ、そこで人名用漢字の審議をおこなうことにしました。審議で問題になったのは、当用漢字表や当用漢字字体表がまもなく廃止になるという点でした。新漢字表試案には「勺」も「」も収録されていなかったので、「勺」や「」が、子供の名づけに使えなくなる可能性があったのです。昭和54年3月30日に国語審議会が中間答申した常用漢字表案でも、その状況は変わりませんでした。常用漢字表案にも、「勺」や「」は収録されていなかったのです。

ところが、昭和56年3月23日に国語審議会が答申した常用漢字表には、新字の「勺」が収録されていました。これを受けて、民事行政審議会は、新字の「勺」は子供の名づけに認めるが、旧字の「」は認めない、と決定しました(昭和56年4月22日)。昭和56年10月1日、常用漢字表が内閣告示されると同時に、戸籍法施行規則も改正され、旧字の「」は子供の名づけに使えなくなりました。

ちなみに、文化審議会が平成21年1月29日に承認した「新常用漢字表(仮称)」に関する試案では、新字の「勺」が削除対象となっています。もし、常用漢字から「勺」が削除されたら、その時、人名用漢字はどうなるんでしょうね。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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