もうずいぶん前からのことですが、学生が教師に会ったとき、それがどの時間帯であっても、「おはようございます」とあいさつするようになりました。朝だけでなく、午後でも、夕方でも「おはようございます」なのです。友だちには「おはよう」となります。
この言い方は、アルバイト先で身につけたものだとも指摘されます。飲食店などでは、朝・昼・晩いつでも、仕事始めには「おはようございます」を使うよう指導しているところがあります。
「こんにちは」「こんばんは」でも十分ではないかと思いますが、それでは親しすぎる感じをもつ人もいるのでしょう。「おはよう」の場合、「ございます」をつければていねいに言えるので、便利に使われています。
もともと、深夜でも「おはようございまーす」とあいさつするのは、テレビ業界の慣例でした。江國滋『日本語八ツ当り』(1989年刊、連載は1986年から)を見ると、テレビ業界の「おはようございます」は〈まだ、さいわいなことに一般社会には伝染していないようだが〉とあります(p.33)。江國さんを信じるならば、1980年代には、飲食店や学生の間ではまだ一般化していなかったことになります。
そう考えると、『三省堂国語辞典』の対応は素早いと言うべきです。1992年2月刊の第四版で「おはよう」の新用法を取り入れました。次のように説明してあります。
〈2 芸能人が楽屋へはいるとき使うあいさつことば。夕方でも使う。
3 〔学〕その日はじめて会ったときの あいさつことば。午後にも使う。〉
この記述から、学生の「おはよう」のあいさつは、今だけの流行ではなく、十数年以上前から使われていたことが分かります。今回の第六版でも、基本的にこの語釈を踏襲しました。ただし、2は〈芸能人や放送関係者などが職場へはいるとき……〉と修正しました。
「おはよう」について、ここまで詳しく説明している辞書は、当時はもちろん、今でもほかにありません。特に、3の学生用語に言及している辞書は『三国』だけです。
学生のあいさつといえば、授業の後で教師に「おつかれさまでした」と言って帰る学生が少なくありません。説教や助言をされた人が、最後に「おつかれさま」と言うのと同じく、奇妙な感じです。『三国』でこれについて触れるべきか、考え込んでしまいます。