昭和17年6月17日に国語審議会が答申した標準漢字表には、旧字の「螢」が収録されていて、新字の「蛍」がカッコ書きで添えられていました。つまり「螢(蛍)」となっていたわけです。ところが、昭和21年11月16日に内閣告示された当用漢字表には、「螢」も「蛍」も収録されていませんでした。そして、戸籍法が昭和23年1月1日に改正された結果、旧字の「螢」も、新字の「蛍」も、子供の名づけに使えなくなってしまいました。でも現在は、新字の「蛍」だけがOKになっています。どうして、新字の「蛍」だけが使えるようになったのでしょう。
当用漢字表審議報告を国語審議会が発表(昭和29年3月15日)するのと前後して、世の中には蛍光灯が普及しはじめました。この当時、当用漢字表にちゃんとしたがうならば、蛍光灯は「ケイ光燈」と書かなければいけませんでした。あるいは、当用漢字表審議報告すなわち当用漢字補正案にしたがったとしても、「ケイ光灯」と書かなければいけませんでした。当用漢字表や当用漢字補正案には、「螢」も「蛍」も収録されてないので、カナ書きが原則だったのです。でも現実には、「螢光燈」とか、あるいは「蛍光灯」なんていう表記が、新聞などでも使われはじめていました。
昭和52年1月21日、国語審議会は文部大臣に、新漢字表試案を報告しました。新漢字表試案は、当用漢字に83字を追加し33字を削除する案で、 1900字を収録していました。この追加案83字の中に、新字の「蛍」が含まれていたのです。新漢字表試案には、「蛍」の用例として、「蛍光灯」(けいこうとう)「蛍光塗料」(けいこうとりょう)「蛍」(ほたる)の3つが示されていました。また、新漢字表試案には、「蛍」の康熙字典体として、旧字の「螢」がカッコ書きで添えられていました。つまり「蛍(螢)」となっていたわけです。
昭和56年3月23日、国語審議会が文部大臣に答申した常用漢字表でも、新字の「蛍」が収録されており、旧字の「螢」がカッコ書きで添えられていました。やはり「蛍(螢)」となっていたわけです。これに対し民事行政審議会は、昭和56年4月22日の総会で、常用漢字表1945字を子供の名づけに認めると同時に、常用漢字表のカッコ書きの旧字355字のうち、当用漢字表に収録されていた旧字195字だけを、子供の名づけに認めることにしました。
昭和56年10月1日、常用漢字表は内閣告示され、新字の「蛍」が子供の名づけに使えるようになりました。しかし、旧字の「螢」は人名用漢字になれませんでした。旧字の「螢」は、常用漢字表のカッコ書きに入ってるけど当用漢字表に収録されてなかったからダメ、となったのです。それが現在も続いていて、新字の「蛍」は出生届に書いてOKですが、旧字の「螢」はダメなのです。