人名用漢字の新字旧字

第36回 「滝」と「瀧」

筆者:
2009年6月4日

新字の「滝」は常用漢字なので、子供の名づけに使うことができます。旧字の「瀧」は人名用漢字なので、子供の名づけに使うことができます。つまり、「滝」も「瀧」も出生届に書いてOK。でも、旧字の「瀧」は、微妙なタイミングで人名用漢字に追加されたのです。

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昭和23年1月1日の戸籍法改正時点では、当用漢字表には新字の「滝」が収録されていて、直後にカッコ書きで旧字の「瀧」(4画目が「一」)が添えられていました。つまり、「滝(瀧)」となっていたわけです。ただし、旧字の「瀧」はあくまで参考として当用漢字表に添えられたものでしたから、子供の名づけに使ってはいけない、ということになりました。この時点では、新字の「滝」はOKだけど、旧字の「瀧」はダメだったのです。その後、常用漢字表の時代になって、新字の「滝」は常用漢字になりましたが、旧字の「瀧」は人名用漢字になれませんでした。ここまでは、「歐」「學」と良く似たパターンですね。でも、この後が違うのです。

平成16年4月30日、広島家庭裁判所は、「瀧」を含む出生届を受理するよう大竹市長を相手どった不服申立てに対し、これを却下しました。旧字の「瀧」は、「常用平易」とは認められなかったのです。この審判に対して、親の側は、広島高等裁判所に即時抗告しました。

ちょうどこの頃、法制審議会のもと発足した人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、平成12年3月に文化庁が書籍385誌に対しておこなった漢字出現頻度数調査、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに、人名用漢字の見直しを審議していました。旧字の「瀧」は、JIS X 0213の第1水準漢字で、出現頻度数調査の結果が244回でしたから、文句なしに人名用漢字の追加候補となりました。そして平成16年6月11日、人名用漢字部会は、「瀧」を含む578字の追加案を公開したのです。ただし、この追加案での「瀧」の字体は、JIS X 0213に掲載されている字体に合わせて、4画目が縦棒になっていました。

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翌々週6月23日、広島高等裁判所は大竹市長に対し、「瀧」を含む出生届を受理するよう命じる決定をくだしました。人名用漢字部会が「常用平易」だと認めた「瀧」に対して、裁判所がそれを認めない理由がない、という判断でした。親の側が「逆転勝訴」したのです。この決定を受けて、平成16年7月12日、法務省は戸籍法施行規則を改正し、「瀧」「毘」「駕」の3字を人名用漢字に追加しました。法制審議会の答申が出ていないにもかかわらず、旧字の「瀧」(4画目が縦棒)を人名用漢字に追加したのです。この結果、現在に至っても、新字の「滝」と旧字の「瀧」の両方が、子供の名づけに使えるのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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