続けて、佐賀市内の生徒さんたちに、漢字の読みを尋ねる。
「埼」は?
「ざき」と男子中学生の声。「埼」は埼玉(さいたま)の「サイ」でもあるね、というと「あ~」と声が漏れる。「タマ」と書いた生徒さんはそれを連想し、混同したものか。その夜の講演では大人が「たまなし」と書いてきた。クイズ、まるで判じ物だ。
こちらには、神埼郡があり、神埼町(まち)神埼という地名もあった。近年、佐賀市の隣に神埼市が成立した。このカンザキから「埼」をそのまま抜き出すと、たしかにザキが残る。佐賀出身の先生からもうかがっていた。このようにある漢字にパッと浮かぶ読みにも地域差があるようで、東京、埼玉など関東では「埼玉」からそのまま抜き出した「さい」が出やすい(この音便形が塾の名などでも用いられているほか、埼京線も通っている)。埼玉県内の埼玉(さきたま)町、千葉県内の犬吠埼よりも埼玉、「彩の国」埼玉としての知名度が概して高い。佐賀の地では、新潟と石川とを間違えて話されることなどもあったが、本州、とくに関東以北の地理は実感として疎遠なのは当然のことである。玄界灘に出れば、壱岐や対馬の向こうはもう朝鮮半島だ。
「さき」という読みも、神埼市から抜き出して清音に戻したものが多かったのだろう。そう言うと、またウンと女子。「崎」と「埼」の二つあるのは、なんでかと思っていたという地元の方もいらした。両方とも「さき」として使うことが多いためだろう。「崎」が「たつさき」になっているものについても、なぜなのか気になっていたそうだ。こういうことを肩の力を抜いて理解できるように、漢字のもっていた柔軟な性質を日本の人々に再認識してもらえるように広めていく必要はありそうだ。
研究者自身が面白いと思うことと、一般の人が面白いと思うことには、往々にしてズレがあるため、この差に気づき、バランスよく話すことが大切のようだ。むろんその場の雰囲気に迎合しようと、妥協だけしてもいけない。また、異なる日常を過ごす方々に伝わることばを持ち得ているかどうか、これも重要のようだ。ことばや文字を載せるメディアごとの特性を考えて、研究していることを人々に伝える努力は必要なことだと思う。
「地」などの「土偏」を佐賀ではアゲツチ(ヘン)と呼ぶ、ということは帰ってきた後で知った。佐賀出身の先生にうかがうと、確かにアゲツチヘンと言うとのことで、3画目を上に(はね)上げているためだそうだ。部首やその変形の名称には、中国と日本とで歴史があるのだが、こうした個々の地域名の起こりと関わらせて研究すると、新たな発見がありそうだ。
日本で多いと思う姓ベスト3は何だと思うかな?
まだ決して広くはない世界で暮らしてきた子どもたちには無理もない。日本で、と問うたが、「古賀」を1位として挙げる子がいる。「砂とう」を1位にした子もいた。これは、知識として「サトウ」が多いという記憶があったが、周りに「佐藤」がほとんどいないために、身近にある「砂糖」と混同が起こった結果の表記か。「中島」が2位、「松本」が2位という生徒、さらに「副島」が3位、「山口」が3位という生徒もいた。「山埼」が3位と書いたのは、先の神埼市という地名が影響したものか(単に問いが影響したのかもしれない)。
日本で多い姓ベスト3の知識ないし意識は、関東では、
佐藤 鈴木 高橋
といったものがよく挙がる。「田中」も思い浮かぶが、「山田」はいそうでいない、なんて気付いている人もいる。