日本語社会 のぞきキャラくり

第3回 望みどおりの人物評を得るにはどうすればいいのか?

筆者:
2008年9月7日

自分の人物評に対する私たちの思いには切実なものがある。私たちは何としても、他人から「あの人はいい人/かっこいい人/セクシーな人」と思われたいし、何が何でも「あの人はダメな人/下品な人/ブサイクな人」とは思われたくない。

だがその一方で、人物像は意図的な演出になじまない。善行を積むにしても「私がいい人だということを善行で示しましょう。ほら、この通り、いい人ですよ」と言ったのでは「いい人」とは評されない。誰にも見られていないと思える状況で人知れず善行を積む、その後ろ姿を見るまでは、他人は「あの人はいい人だ」とは認めない。

では、他人から「あの人はいい人/かっこいい人/セクシーな人」と思われるには、どうすればいいのか?――これが前回提起した問題である。

* * *

この問題に対する安全確実な対処法というようなものは実はない。私たちにできるのは、「あの人はいい人/かっこいい人/セクシーな人」と思われることをすること、但し、「いい人/かっこいい人/セクシーな人だと思ってもらおうとしてやっている」という意図を隠して決して悟られないようにし、さも何気ない風を装うということである。湖面上をスイーッと優雅に進む白鳥が、実は水面下で猛烈に水を掻いている、あれと同じである。間違っても、「これで私のこと、いい人だと思ってもらえますよね」てなことを言ってはいけない。意図がバレたりするともう台無しである。

谷崎潤一郎の『細雪』中巻には、幸子(さちこ)という女性が奥畑(おくばたけ)という人物を不愉快に感じていると記されている短いくだりがある。なぜ不愉快なのかというと、奥畑が乱暴者だとか不道徳だというわけではない。奥畑のしゃべり方がいやにゆっくりしていて、大家の坊ちゃんのようだからである。

ところが、奥畑は事実、没落しかけとはいえ大家の坊ちゃんであり、そのことは幸子も承知している。奥畑に対する幸子の不快感は、貧民のくせに大家の坊ちゃん然としやがって、というような「身分詐称」によるものではない。

『細雪』には、奥畑のしゃべり方に、大家の坊々(ぼんぼん)としての鷹揚(おうよう)さを衒(てら)う様子が見えて幸子は不愉快、とある。

余裕たっぷりに育てられた大家の坊ちゃんである奥畑のしゃべり方がどうしてもゆっくりしていて、そこに鷹揚さが感じられるというのが許せないというのではない。幸子が許せないのは、奥畑が「オレのこういうゆっくりしたしゃべり方って、いかにも大家の坊ちゃんっていう感じで、かっこいいじゃん。この調子でしゃべろうっと」と、意図的にゆっくりしゃべっていることである。

もちろん奥畑は、そういう演出意図を露わにはするまい。幸子に看破されているとも知らず、他人から「奥畑さんって、しゃべり方がゆっくりしてますよね」と言われたら「え? そうかなあー」などと、やはりゆっくりしたしゃべり方でトボケてみせるに違いない。

もしも、こういう奥畑の意図が幸子の思い過ごしだとしたら、奥畑はまったくお気の毒としか言いようがないのだが、思い過ごしであろうとなかろうと、幸子は己れの感覚を頼りに周囲の人物を判断して生きていくしかないのだ。それは奥畑も、また私たちにしても同じである。

「望みの人物評を得るために、自分のキャラクタ(人物イメージ)をさりげなく演出しよう。だが、その意図を察知されてなるものか」という取り繕い、そして「こいつのキャラクタは本物か。キャラクタを取り繕われてなるものか」という勘ぐりは、私たちの日常会話での、ごくありふれた「暗闘」の一部分と言えるだろう。

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。