辞書編集者のひとりごと

第6回 ある日のお問い合わせから…漢字の部首について

2021年6月2日

(「ある日のお問い合わせから」は、小社の辞書・事典等に関していただくお問い合わせをもとに、編集部で脚色・デフォルメして記事にしたものです。実際にお問い合わせをいただいた内容ではありません)

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いつも小社の刊行物・サービスをご愛用くださいまして誠にありがとうございます。

このたびお問い合わせいただきました内容をまとめますと、以下のようになるかと思います。

ご質問内容:
「売」の部首について。
『例解小学漢字辞典』では「ひとあし」になっているが、「漢字検定」の問題集では「さむらい」となっている。どちらが正しいのか。

さて、部首が正しいかどうかについては、説明を必要としますので後に詳しく述べますが、結論から申し上げますと、「さむらい」も「ひとあし」もどちらも誤りでないということをまずお伝えいたします(ただし、漢検受験の際は「さむらい」が正解となるかと思います)。

 

少々長くなりますが……お答えするに当たりまして、そもそも「部首」とは何かという問題から、ご説明を申し上げます。

漢字の母国である中国では、2000年前より漢字の辞書が作られてきていますが、その過程におきまして、漢字を分類するための方法の一つとして便宜的に考え出されたものが、いわゆる「部首」です。

この部首は、2000年前の中国の辞書である『説文解字(せつもんかいじ)』では約500、また、別の辞典では約200というように、なにか統一的な方法で分類されてきたものではなく、時代によって、また、辞書によって、様々に異なる考え方が示されてきました。結果として、漢字をどの部首に所属させるかという問題につきましても、色々な考え方を見ることができます。

 

そのなかで、現在の日本の漢和・漢字辞典で主流となっている部首の体系は、約300年前に刊行された中国の字典『康煕字典(こうきじてん)に見られる部首の考え方によるものとなっております。

この『康煕字典』では、主に意味の上から漢字を分類していますが、文字の形から調べようとすると思わぬ手間がかかることがあります。しかも、そこで示されている文字の形は、いわゆる「旧字体」といわれる昔からある伝統的な字体ですので、現在の日本で用いられている新しい字体(「新字体」)とは異なるものが多く含まれております。

そのような理由から、『康煕字典』で示された考え方を、現在の日本でそのまま使用するということは、不合理な側面も含むものとなっています。そのため、従来日本におきましては、漢和・漢字辞典をはじめとして、それぞれ独自の工夫・調整をして、これに対応してまいりました。

現代日本の国語施策としましても、このような状況を踏まえたうえで、部首の問題に関する統一的な見解が示されているということはございません。結論といたしましては、部首の立て方および漢字をどの部首に所属させるか、という問題につきましては、現代の日本では、様々な考え方が存在している状況であるということをご理解いただきたく存じます。

 

今回ご質問をいただきました「売」につきましても、同様でございます。

この字は、『例解小学漢字辞典』にありますように、元々の字体(「旧字体」)は「賣」という形で、下の部分は「貝」でございました。『康煕字典』では部首として「貝」の部に分類してあります(「貝」の部はお金にかかわる字が多く分類されています)。

しかしながら、その後(おおよそ第2次世界大戦後とお考えください)に「新字体」として「売」という形に変わることとなったため、字形として「貝」の形がなくなってしまったことから、現在ではこの字の部首を「貝」部とする辞書は少なくなり、その辞書によって「さむらい」に所属させたり、あるいは「ひとあし」に所属させたりするようになっています。

 

このようなわけで、ご説明してまいりましたように、「さむらい」と「ひとあし」のどちらも部首として認められるものでございます。

 

さて、冒頭「漢検受験の際は「さむらい」が正解」とお伝えしました。

これは、「漢字検定」を実施している日本漢字能力検定協会の作成した辞書などでは、「売」の部首を「さむらい」としているからということに尽きます。

これまで述べてきましたように、部首につきましては、「漢字検定」でも他の辞書・字典類でも、それぞれの考え方に基づき設定しています。文字によっては、「漢字検定」の部首の考え方と、他のそれぞれの辞書・字典類の部首の考え方とが異なることもございます。

したがって、「漢字検定」の問題として「部首は何か」と出題されましたら、「漢検での部首は何か」を答えることで正解となるのだと思います。

(辞典によって部首が異なるようなものは出題されることが少ないと聞いたことがございますが、本当にそうであるのかは残念ながらわかりません)

 

『例解小学漢字辞典』は、先ほど挙げました『康煕字典』のような伝統的な内容を踏まえつつ、現代に即した漢字情報を載せておりますので、「漢字検定」受験の際にも大いに役立つものと考えております。しかしながら、必ず満点をとりたいということでしたら、このようなところでは残念ながらお役に立てない場合がありますこと、ご留意いただけましたらと思います。

 

以上、簡単ではございますが、ご説明とさせていただきます。

今後とも小社の辞書・事典等をご愛顧くださいますようお願い申し上げます。

筆者プロフィール

三省堂 辞書編集部

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