人名用漢字の新字旧字

第127回 「吊」と「弔」

筆者:
2017年2月23日

旧字の「弔」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。新字の「吊」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。「吊」と「弔」は、そもそもは新旧の関係にあったらしいのですが、現代では「つる」と「とむらう」で使い分けるようです。

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表1850字を、文部大臣に答申しました。当用漢字表は、弓部に旧字の「弔」を収録していましたが、新字の「吊」は収録されていませんでした。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、旧字の「弔」は当用漢字になりました。

昭和22年9月29日、国語審議会は当用漢字音訓表を、文部大臣に答申しました。当用漢字音訓表は、当用漢字表1850字の音訓を定めたもので、「弔」には、「チョウ」と「とむらう」という音訓が付けられていました。この結果、「弔」を「つる」と読むことが、できなくなってしまったのです。

昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には旧字の「弔」が収録されていたので、「弔」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。新字の「吊」は、子供の名づけに使えなくなってしまいました。

それから半世紀の後、平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、「常用平易」な漢字であればどんな漢字でも人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。新字の「吊」は、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区は無かったものの、漢字出現頻度数調査の結果が949回で、JIS X 0213の第1水準漢字だったので、人名用漢字の追加候補となりました。

平成16年6月11日、人名用漢字部会は、578字の追加案を公開しました。この578字の中に、新字の「吊」が含まれていました。ところが、7月9日までおこなわれたパブリックコメントの結果、「吊」を人名用漢字に追加すべきでないというコメントが、15通も寄せられました。これを根拠に、人名用漢字部会は、「吊」を人名用漢字の追加候補から削除しました。平成16年9月8日、法制審議会は人名用漢字の追加候補488字を答申しましたが、この中に「吊」は含まれていませんでした。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、JIS第1~4水準漢字を全て含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、旧字の「弔」に加え、新字の「吊」が書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、旧字の「弔」はOKですが、新字の「吊」はダメなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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