漢字の現在

第263回 「串」の字の本場

筆者:
2013年3月12日

「中国時間」というものは、かつて学生時代を過ごした文学部での「中文時間」で、なんとなく把握していた。「沖縄時間」など、地域によって約束時刻の捉え方や時の流れの感じ方に差がある。が、会議の時刻となって、急に人が集まってきたと部屋に電話が入る。秘書のような仕事まで買ってでてくれる中国生まれの教え子なしでは、やはり中国は苦しい。いろいろな意味でのアウェイにおいてありがたいのだが、本業があるとのことで最終日まではいてもらえない。この研究会では、150人くらいの前で話す。日本人は会場に私だけ、フランス人もお1人いたが、中国文化にすっかり溶け込んでいる。

私も最初くらいは中国語で、と念のため原稿をチェックしてもらう。時節柄、礼儀だけはしっかりと表現しようと努める。「此」(ツー)はci3と書いておいたら「chi3」(チー)だという。北方の彼女が間違えるはずがないが、そんなはずは、と言うと、電子辞書ではなく、WEBの「百度」で確認してやっと、「ci3でした」と認めてくれた。反り舌音は、はっきり発音しない人がいるから大丈夫とのこと、さすがは大陸的だ。論文集の中にある「趨議」(原文では簡体字)の意味を確認すると、中国人でも知らない人がいて、少し安心した。

壇上で話を始めたその途中に、ワードファイルを会場の画面にも映すようにと接続しに人が上がって来た。確かに中国では、発表では、予稿集とは別に、パワーポイントを準備してきて、会場でもプレゼンテーションのように巧みに使う人が多い。

中国語の対応箇所を、通訳してくれている最中に探して、カーソルで示す。予定外の操作が加わって忙しい。レジュメではなく、参加者は意外にも頭を上げて、前の文字を見ているものなのだ。うまく時間通りにあいさつまで含めて行儀良く終えられた。「時間がないので」というような前置きがときに聞かれる。無論そう言った方が丁寧となる場面では、しかたなく言うが、たいていはそれこそ時間がかかってしまうし、時間が少ないなりにはしおって話せば済むことなので使いたくない。

「串」という字について、日中韓に及ぶ漢字圏の歴史を調べた結果を話した。文献を掘り起こしていくと、この字がクシという意味をもつようになったのは、従来の説の日本とは限らなかったのだ。

串・丳

今の中国でも、再び「羊肉串」と使っていると示すと、聴衆の真剣な表情からやっと笑みがこぼれる。こういう現実に使われているものは、やはりどこの国でも興味がくすぐられるのだろう。

ちょうど前日に、北京の街なかで見た「串(口+巴)(口+巴)」(串バー)のことも話してみた。社会言語学というほどではないが、路上観察を疎かにすることは惜しい。ことばの研究者であっても、焦点とする専門が違うと、もうそこの理解に差が生じるもので、驚かされることがある。

「串来串去」という店名の看板も見かけた。同音の「穿」の意だという。試しに偵察しに店に入ってみると、炭で焼いたものを手でもって食べさせる店だという。また夜に来る、といって上手に付き添いの人が言ってくれた。

東京でも、焼き鳥も考えてみれば串を使う。おでん(漫画ほどではないが)も、そして牛肉でも串刺しはなくはない。大きい場合は、日本でも「丳」のごとくに2本刺す。

筆者プロフィール

笹原 宏之 ( ささはら・ひろゆき)

早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』、この連載がもととなった『漢字の現在』(以上2点 三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。『漢字の現在』は『漢字的現在』として中国語版が刊行された。最新刊は、『謎の漢字 由来と変遷を調べてみれば』(中公新書)。

『国字の位相と展開』 『漢字の現在 リアルな文字生活と日本語』

編集部から

漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。