人名用漢字の新字旧字

第158回 「扣」と「控」

筆者:
2018年5月24日

旧字の「控」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。新字の「扣」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。旧字の「控」は出生届に書いてOKですが、新字の「扣」はダメ。どうして、こんなことになってしまったのでしょう。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されていました。標準漢字表の手部には「控」が含まれていて、その直後にカッコ書きで「扣」が添えられていました。「控(扣)」となっていたわけです。簡易字体の「扣」は、「控」の代わりに使っても差し支えない字、ということになっていました。

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昭和21年4月27日、国語審議会に提出された常用漢字表1295字では、手部に旧字の「控」が含まれていて、新字の「扣」は含まれていませんでした。国語審議会が11月5日に答申した当用漢字表でも、旧字の「控」だけが含まれていました。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、旧字の「控」は当用漢字になりました。ところが、官報に掲載された当用漢字表では、「控」の穴かんむりは、中が「八」の形になっていました。印刷局が官報に使っていた活字が、たまたまそういう字体だったのです。

昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には旧字の「控」が収録されていたので、「控」(中が「八」)は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。新字の「扣」は、子供の名づけに使えなくなってしまいました。

昭和24年4月28日に内閣告示された当用漢字字体表では、旧字の「控」が収録されていましたが、穴かんむりは元に戻っていました。当用漢字表の「控」と、当用漢字字体表の「控」で、微妙な字体差ができてしまったため、どちらが子供の名づけに使えるのかが問題になりましたが、この問題に対し法務府民事局は、どちらも子供の名づけに使ってよい、と回答しました(昭和24年6月29日)。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表1945字には、旧字の「控」が収録されていました。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、旧字の「控」は常用漢字になりました。この際に、当用漢字表の「控」(中が「八」)は、子供の名づけに使えなくなりました。その一方で新字の「扣」は、常用漢字にも人名用漢字にもなれなかったのです。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、JIS第1~4水準漢字を全て含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、旧字の「控」に加えて、新字の「扣」も書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、旧字の「控」はOKですが、新字の「扣」はダメなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。