学習国語辞典(学習辞典)の紙面を見渡したとき、本文の書体に続いて気になるのは、ルビ(振り仮名)をどれだけ振ってあるかです。ルビには2種類あって、全部の漢字に振る方式を「総ルビ」、必要に応じてぱらぱら振る方式を「パラルビ」と言います。
近年は、総ルビにすることは当然とも言えます。私も、人に学習辞典を薦めるときは、「総ルビのものを」と言ってきました。
ただ、総ルビの中でも、さらに方式が分かれています。1つは、総ルビにはするけれども、できるだけ漢字を使わず、仮名を多くするもの。もう1つは、総ルビにするからには、ふつう漢字で書くことばは、少々むずかしくても漢字で書くものです。
たとえば、「世評」という項目について、3種の学習辞典の記述を比べてみます。
〈よの中(なか)のひょうばん。うわさ〉(A辞典)
〈世(よ)の中(なか)の評判(ひょうばん)。〉(B辞典)
〈世の中の評判(ひょうばん)。うわさ。〉(C辞典)
A辞典・B辞典は総ルビ、C辞典はパラルビ(かつ、2行に書く「割ルビ」)です。A辞典は、仮名が多くやさしい印象がありますが、せっかく総ルビなのですから、「よの中」「ひょうばん」は、B辞典のように漢字にしてもいいはずです。子どもが漢字を覚える助けにもなります。C辞典は、「評判」のみにルビを振っていますが、「世評」というむずかしいことばを調べるほどの子なら、「世の中」はルビなしで読めると考えたのでしょう。
もう1例挙げると、「合法」の説明も、同じような表記のしかたになっています。
〈ほうりつや規則(きそく)にあっていること〉(A辞典)
〈法律(ほうりつ)や、決(き)まりに合(あ)っていること〉(B辞典)
〈法律(ほうりつ)に合っていること〉(C辞典)
A辞典で「ほうりつ」と仮名にしてあるのは不自然で、やはり、B辞典や、パラルビのC辞典のほうが適切です。A辞典は、中・高学年で習う漢字はあまり使わない方針なのかもしれませんが、それにしては、5年生で習う「規則」は漢字になっていて、不統一です。
「りょう鉄鉱」では分からない
私は、仮名の多い説明を批判するのではありません。むずかしいことばを避けた結果として仮名が多くなったとすれば、それは好ましいと考えます。たとえば、A辞典の「刀」の項目は、そのいい例です。B辞典と比べてみます(以下、ルビは省略)。
〈むかし、さむらいがこしにさしていた長いはもの〉(A辞典)
〈片側に刃をつけた細長い武器。日本刀〉(B辞典)
どちらの説明も悪くありませんが、A辞典のほうが、ぱっとイメージが浮かびます。「武士」ではなく「さむらい」、「武器」ではなく「はもの」と言うことで、漢字を使わずにすんでいます(「ぶし」「ぶき」とはしていません)。ちなみに、かつての『三省堂小学国語辞典』でも、〈さむらいが、こしにさしていた はもの〉としています。
このように、漢字をむやみに使わないことで、説明がくふうされることもあります。だからといって、何でもひらがなにしてしまうと、意味不明になる場合もあります。
A辞典を読んでいて、意味が取れなかったのは、「鉄鉱石」の説明でした。
〈鉄の原料となる鉱石。磁鉄鉱・赤鉄鉱・りょう鉄鉱など〉
最後の〈りょう鉄鉱〉が分かりません。そういう項目も立っていません。実は、「菱鉄鉱」で、菱形に結晶する鉄鉱石のことです。漢字で書いてあれば、それをもとに意味を推測したり、調べたりすることもできますが、ひらがなではお手上げです。この場合、あえて「りょう鉄鉱」を例に出す必要はないでしょう。
あるいは、「ガラス」の項目にも、同様の問題があります。
〈けいしゃ・炭酸ソーダ・石灰石などのこなをまぜ、高い温度でとかし、〔後略〕〉
冒頭に、いきなり〈けいしゃ〉ということばが出てきます。この辞書の項目には「傾斜」しかないため、混乱する子どもも出てきそうです。一般向けの国語辞典で「珪砂」を引いて、はじめてのみこめます。こんな説明をするよりは、別の学習辞典のように、類義語の「石英」を使ったほうがいいでしょう。
総ルビという点では同じでも、表記のしかたは辞書によって異なります。漢字で書いてほしい部分が漢字になっているかどうか、確かめておくことが必要です。子どもの年齢や理解力によっては、パラルビのほうがいい場合もあることも言い添えておきます。