国語辞典入門

第14回 総ルビがよさそうだけれど…―小学生向け辞書を選ぶ観点(2) ふりがな(ルビ)

筆者:
2010年4月14日

学習国語辞典(学習辞典)の紙面を見渡したとき、本文の書体に続いて気になるのは、ルビ(振り仮名)をどれだけ振ってあるかです。ルビには2種類あって、全部の漢字に振る方式を「総ルビ」、必要に応じてぱらぱら振る方式を「パラルビ」と言います。

近年は、総ルビにすることは当然とも言えます。私も、人に学習辞典を薦めるときは、「総ルビのものを」と言ってきました。

近影イラスト

ただ、総ルビの中でも、さらに方式が分かれています。1つは、総ルビにはするけれども、できるだけ漢字を使わず、仮名を多くするもの。もう1つは、総ルビにするからには、ふつう漢字で書くことばは、少々むずかしくても漢字で書くものです。

たとえば、「世評」という項目について、3種の学習辞典の記述を比べてみます。


〈よの中(なか)のひょうばん。うわさ〉(A辞典)

〈世(よ)の中(なか)の評判(ひょうばん)。〉(B辞典)

〈世の中の評判(ひょうばん)。うわさ。〉(C辞典)


A辞典・B辞典は総ルビ、C辞典はパラルビ(かつ、2行に書く「割ルビ」)です。A辞典は、仮名が多くやさしい印象がありますが、せっかく総ルビなのですから、「よの中」「ひょうばん」は、B辞典のように漢字にしてもいいはずです。子どもが漢字を覚える助けにもなります。C辞典は、「評判」のみにルビを振っていますが、「世評」というむずかしいことばを調べるほどの子なら、「世の中」はルビなしで読めると考えたのでしょう。

もう1例挙げると、「合法」の説明も、同じような表記のしかたになっています。


〈ほうりつや規則(きそく)にあっていること〉(A辞典)

〈法律(ほうりつ)や、決(き)まりに合(あ)っていること〉(B辞典)

〈法律(ほうりつ)に合っていること〉(C辞典)


A辞典で「ほうりつ」と仮名にしてあるのは不自然で、やはり、B辞典や、パラルビのC辞典のほうが適切です。A辞典は、中・高学年で習う漢字はあまり使わない方針なのかもしれませんが、それにしては、5年生で習う「規則」は漢字になっていて、不統一です。

「りょう鉄鉱」では分からない

私は、仮名の多い説明を批判するのではありません。むずかしいことばを避けた結果として仮名が多くなったとすれば、それは好ましいと考えます。たとえば、A辞典の「刀」の項目は、そのいい例です。B辞典と比べてみます(以下、ルビは省略)。


〈むかし、さむらいがこしにさしていた長いはもの〉(A辞典)

〈片側に刃をつけた細長い武器。日本刀〉(B辞典)


どちらの説明も悪くありませんが、A辞典のほうが、ぱっとイメージが浮かびます。「武士」ではなく「さむらい」、「武器」ではなく「はもの」と言うことで、漢字を使わずにすんでいます(「ぶし」「ぶき」とはしていません)。ちなみに、かつての『三省堂小学国語辞典』でも、〈さむらいが、こしにさしていた はもの〉としています。

このように、漢字をむやみに使わないことで、説明がくふうされることもあります。だからといって、何でもひらがなにしてしまうと、意味不明になる場合もあります。

A辞典を読んでいて、意味が取れなかったのは、「鉄鉱石」の説明でした。


〈鉄の原料となる鉱石。磁鉄鉱・赤鉄鉱・りょう鉄鉱など〉


最後の〈りょう鉄鉱〉が分かりません。そういう項目も立っていません。実は、「菱鉄鉱」で、菱形に結晶する鉄鉱石のことです。漢字で書いてあれば、それをもとに意味を推測したり、調べたりすることもできますが、ひらがなではお手上げです。この場合、あえて「りょう鉄鉱」を例に出す必要はないでしょう。

あるいは、「ガラス」の項目にも、同様の問題があります。


〈けいしゃ・炭酸ソーダ・石灰石などのこなをまぜ、高い温度でとかし、〔後略〕〉


冒頭に、いきなり〈けいしゃ〉ということばが出てきます。この辞書の項目には「傾斜」しかないため、混乱する子どもも出てきそうです。一般向けの国語辞典で「珪砂」を引いて、はじめてのみこめます。こんな説明をするよりは、別の学習辞典のように、類義語の「石英」を使ったほうがいいでしょう。

総ルビという点では同じでも、表記のしかたは辞書によって異なります。漢字で書いてほしい部分が漢字になっているかどうか、確かめておくことが必要です。子どもの年齢や理解力によっては、パラルビのほうがいい場合もあることも言い添えておきます。

筆者プロフィール

飯間 浩明 ( いいま・ひろあき)

早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。

URL:ことばをめぐるひとりごと(//www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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編集部から

これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
辞典はどれも同じじゃありません。国語辞典選びのヒントにもなり、国語辞典遊びの世界へも導いてくれる「国語辞典入門」の始まりです。
2010年 1月 6日