歴史で謎解き!フランス語文法

第25回 なぜ et quart と moins le quart と言うの?

2021年5月21日

1時15分は une heure et quart と言う一方、1時45分は deux heures moins le quart と言いますが、この定冠詞の有無が気になったことはないでしょうか? フランス語の歴史を遡りながら、この謎を深掘りしていきましょう。

 

学生:先生、先ほど授業でやった時刻の言い方についてなんですが……。et quart や et demie のような表現は12時間制のときにしか使えないというのはよく分かりましたけど例えば、「1時15分」という時の「15分」が et quart なのに、「15分前」は moins le quart と定冠詞がつくのが不思議だなって思いました。これって定冠詞をつけるかつけないかで統一できなかったのですかね?

 

先生:お、これはなかなか鋭い質問だね! フランス人やフランス語話者のほとんどが、この問題を意識したことがないと思うよ。実を言うと、昔のフランス語には moins le quart 以外に、moins quart と moins un quart が存在していて、さらに quart moins や le quart moins という表現もあったんだよ。20世紀の初めぐらいまでは moins un quart の方が主流だけど、現在は moins le quart が主流で、moins quart は familier ou régional、すなわち口語的か地方語的な言い方である、と書いてあることが多いね[注1]

 

学生:現代フランス語では moins quart は間違った言い方である、ということですか?

 

先生:そう答えるフランス人もいるかもしれないけど、決して「間違い」であるとは言えないね。moins quart はベルギー、カナダ、スイスのフランス語圏 (Suisse Romande) で使われているだけでなく、フランス国内でもコルシカ島やイタリアに面しているサヴォワ県周辺の旧ローヌ=アルプ地域圏でも moins quart を使用する人がいるんだ[注2]

 

学生:フランス国内でも使われているけど、大半の人は moins le quart と言っている、ということですね。

 

先生:そのせいで、正しい言い方は moins le quart のみであると思い込んでしまう人もいるわけだね。さらに興味深いのが、カナダのケベックにおける言い回しだ。moins quart のように moins のあとを無冠詞にするのは先と同じだけど、接続詞の et をどんな数字の前にも入れるんだ。et quart と et demie はもちろん、「10時10分」は dix heures et dix と言うわけだ[注3]

 

学生:quart と demie についているから、他にも et をつけるという考え方ですね。ある意味そっちの方が理にかなっているような気がします。

 

先生:逆にベルギーでは、et を取り除いて、「10時15分」 を dix heures quart と言ってしまうんだ[注4]

 

学生:ベルギー人、ケベック人とフランス人が一緒に時間の話をすると、様々なズレが起きてしまうということですね!

 

先生:お互いの言っていることの理解を著しく妨げたりはしないから、きっと気にならないだろうけどね。それでフランスに話を戻すと、dix heures et quart の代わりに dix heures un quart という、不定冠詞を使った言い方もあるけど、これは上流階級の人の表現か、ある程度文学的な香りがするものになっているね。

 

学生:そうすると、dix heures moins un quart とも言えたりするんですか?

 

先生:そう。さらに dix heures et un quart と接続詞 et をつけたパターンもあるけど、これは相当古い言い回しになる[注5]。1874年版のリトレの辞書を開くと、当時の規範が現在のそれと違ったであろうことをうかがい知ることができるね。

 

On dit une heure et un quart, et aussi une heure un quart, sans et. C'est une irrégularité du langage très-familier, de dire une heure et quart. On dit de même : il est trois heures et un quart, ou trois heures un quart, etc.[注6]

une heure et un quart、une heure un quart、と et なしで言うべきである。une heure et quart という表現は、とても口語的な日常語での誤りである。同じように、il est trois heures et un quart や trois heures un quart などと言うべきである。

 

学生:19世紀の時点では、et quart は推奨されない言い方だったんですね。

 

先生:おそらく20世紀初頭、1920年代頃から et quart が主流になってくるんだ。例えばルイ・アラゴン Louis Aragon (1897-1982) が1936年に出した小説『お屋敷町』Les Beaux Quartiers では、vers minuit, minuit un quart[注7]「およそ0時、0時15分」と記されていて、un quart という表現がまだ生き残っていたことが分かるからね。

 

学生:なるほど! 時代とともに変化していったことは理解できたのですが、どうして僕たちが習うフランス語の教科書では、et quart と moins le quart と言うようになったのか、というモヤモヤは消えないですね……。

 

先生:確かに、「どうして」という質問には答えられていないけど、推測はできるかもしれない。et quart はただ付け足すだけだから、冠詞を付けずとも「プラス15分」であると分かるけど、moins le quart の場合、ある特定の時間から15分遡る、「その特定の時間の4分の1」ということで定冠詞を付けたくなるのかもしれないね。

 

学生:先生でも答えられない質問があったんですね!

 

先生:いや、フランス語史の分野では、変遷はたどれても「なぜそうなったのか」という質問に答えられないことは結構あるよ。

 

学生:そうなんですね! もう1つ気になったことがあります。1時間を4分割して、「10時15分」を dix heures et quart、「10時半」を dix heures et demie というのは分かるのですが、それだったら「10時45分」という言い方があっても良いような気がするんですけど……それとも moins le quart にするしかないんでしょうか。

 

先生:いや、一応あるよ。dix heures trois quarts といって、「10時と1時間の4分の3」という感じだね。

 

学生:え、これは et はつかないんですか?

 

先生:つけることもできるけど、dix heures et trois quarts の方が古い表現として認識されていると思うよ。もしかすると、最近のフランス人は日常生活の中で24時間制の時間の言い方に慣れ親しんできているから、dix heures quarante-cinq と言うのではないかな。

 

学生:しかし、これだけ言い方のバリエーションがあると、どう言う風に時刻を言えばいいのか、混乱してきますね……。

 

先生:確かに、これだけ選択肢があると訳がわからなくなってしまうよね! もちろん授業で覚えてほしいのは et quart と moins le quart という言い方だけど、国や地方が変われば他の言い方をすることもあるということを頭の片隅に置いてもらえれば、十分だと思うよ。

 

[注]

  1. Trésor de la Langue Française informatisé (TLFi) :
    « Rem. Dans la lang. contemp., moins le quart est plus fréq. que moins un quart; moins quart est fam. ou régional ».
    https://www.cnrtl.fr/definition/quart/1 (2021/05/21 vailable)
  2. Georges Lebouc, Dictionnaire des belgicismes, Bruxelles, Editions Racines, 2006, p. 600. Matthieu Avanzi, « La chasse aux belgicismes cartographiée »
    https://francaisdenosregions.com/2017/12/08/la-chasse-aux-belgicismes-cartographiee/ (2021/05/21 vailable)
  3. Gisèle Chevalier, Véronica d’Entremont, "Dire l’heure en Acadien", Francophonies d'Amérique, n° 19, printemps 2005, pp. 139–153, Les Presses de l'Université d'Ottawa, 2005
    https://www.erudit.org/fr/revues/fa/2005-n19-fa1813267/1005315ar.pdf (2021/05/21 vailable)
  4. ibid.
  5. Maurice Grevisse, Le Bon usage, 16e édition par André Goosse, De Boeck Supérieur, 2016, pp. 856-858.
  6. Emile Littré, Dictionnaire de la langue française, tome 4, 1874, Paris, Librairie Hachette et Cie, p. 1404
    https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k54066991/f15.item (2021/05/21 vailable)
  7. Louis Aragon, Les Beaux Quartiers, Paris, Denoël, 1936, p. 416.

筆者プロフィール

フランス語教育 歴史文法派

有田豊、ヴェスィエール・ジョルジュ、片山幹生、高名康文(五十音順)の4名。中世関連の研究者である4人が、「歴史を知ればフランス語はもっと面白い」という共通の思いのもとに2017年に結成。語彙習得や文法理解を促すために、フランス語史や語源の知識を語学の授業に取り入れる方法について研究を進めている。

  • 有田豊(ありた・ゆたか)

大阪市立大学文学部、大阪市立大学大学院文学研究科(後期博士課程修了)を経て現在、立命館大学准教授。専門:ヴァルド派についての史的・文献学的研究

  • ヴェスィエール ジョルジュ

パリ第4大学を経て現在、獨協大学講師。NHKラジオ講座『まいにちフランス語』出演(2018年4月~9月)。編著書に『仏検準1級・2級対応 クラウン フランス語単語 上級』『仏検準2級・3級対応 クラウン フランス語単語 中級』『仏検4級・5級対応 クラウン フランス語単語 入門』(三省堂)がある。専門:フランス中世文学(抒情詩)

  • 片山幹生(かたやま・みきお)

早稲田大学第一文学部、早稲田大学大学院文学研究科(博士後期課程修了)、パリ第10大学(DEA取得)を経て現在、早稲田大学非常勤講師。専門:フランス中世文学、演劇研究

  • 高名康文(たかな・やすふみ)

東京大学文学部、東京大学人文社会系大学院(博士課程中退)、ポワチエ大学(DEA取得)を経て現在、成城大学文芸学部教授。専門:『狐物語』を中心としたフランス中世文学、文献学

編集部から

フランス語ってムズカシイ? 覚えることがいっぱいあって、文法は必要以上に煩雑……。

「歴史で謎解き! フランス語文法」では、はじめて勉強する人たちが感じる「なぜこうなった!?」という疑問に、フランス語がこれまでたどってきた歴史から答えます。「なぜ?」がわかると、フランス語の勉強がもっと楽しくなる!

毎月第3金曜日に公開。どうぞお楽しみに。