今回のテーマは曜日。英語とまったく違うな……覚えるのが大変だな……と思ったことはないでしょうか? フランス語の曜日と英語の曜日、見た目ではあまり似ていないですが、実はちゃんとつながりがあるのです。
学生:先生、おはようございます。
先生:おはよう。ん、なんか今日はさえない顔をしているね?
学生:明後日の小テストまでに フランス語の曜日名を覚えなくてはならないのですが、なかなか頭に入らなくて。英語の曜日名ともまったく違いますよね。
先生:うん、曜日名は英語とフランス語では一見かなり違うけれど、実はけっこう似ているところもあるんだよね。
学生:え、いったいどういうことですか?
先生:フランス語と英語の曜日名は、どちらも古代ローマの暦にさかのぼることができるんだ。ラテン語、フランス語、英語の曜日名を並べてみよう[注1]。
日本語 | ラテン語 | フランス語 | 英語 |
---|---|---|---|
月曜日 | dies Lunae | lundi | Monday |
火曜日 | dies Martis | mardi | Tuesday | 水曜日 | dies Mercurii | mercredi | Wednesday | 木曜日 | dies Jovis | jeudi | Thursday | 金曜日 | dies Veneris | vendredi | Friday | 土曜日 | dies Saturni | samedi | Saturday |
日曜日 | dies Solis | dimanche | Sunday |
学生:うーん、ラテン語とフランス語は似ている曜日名はあるけれど、でも英語はやはりかなり違いますよね。
先生:うん、でも土曜日は英語もラテン語によく似ているよね。
学生:あ、本当だ。でもいずれにせよフランス語と英語では曜日名は似ているところはないように思うのですが。フランス語の -di というのが、英語の -day に相当するのかなぐらいしか。
先生:フランス語の曜日名の -di はラテン語で「日」を示す dies の対格(直接目的語のときのかたち)の diem に由来するんだけど、英語の day の語源は古英語の dæg でラテン語とは無関係だけどね。いずれにせよ「日」を意味することは間違いない。それじゃあ月曜日から順番に見ていくことにしよう。君はラテン語も少し勉強していたんじゃなかったっけ? dies Lunae ってどういう意味かわかるよね?
学生:はい、それくらいなら(笑)。dies は「日」で、lunae は「月」を意味する luna の属格単数形ではないですか?
先生:そうだね。
学生:となると、ラテン語の dies Lunae は「月の日」って意味ですか?
先生:その通り。Luna は「月の女神」も指すんだけどね。古典ラテン語では dies lunae なんだけど、俗ラテン語では luna の属格形が *lunis となり、dies の対格形の diem とくっついて *lunisdiem となった。古フランス語では lunsdi というかたちになり、それが lundi に行き着いたんだね。
学生:あ、もしかすると英語の Monday の最初の Mon は、「月」moon を意味するのですか? だから英語でも月曜は「月の日」なのでしょうか?
先生:そのとおり! 次は火曜日だけれど、古典ラテン語の dies Martis は訳すとどういう意味になる?
学生:Martis は Mars の属格でしょうか? だとすると「マルスの日」ということになります。マルスって古代ローマでは軍神ですよね。
先生:そう。でも古代ローマでは惑星の名称に神様の名前を使っていたので、Mars には火星という意味もある。フランス語の mardi というのは、「火星ないし軍神マルスの日」というわけだね。
学生:英語の Tuesday というのは、古代ローマの神様や火星と関係があるのでしょうか?
先生:英語はゲルマン系の言語なので、Tuesday はゲルマンの軍神「ティウ Tiu の日」という意味なんだよ。古代ローマの軍神マルスが、英語ではゲルマンの軍神ティウに置き換わっているんだ。
学生:へえ、そうだったんですか。
先生:同じように水曜日は、dies Mercurii で「水星ないしメルクリウス Mercurius の日」、メルクリウスは古代ローマで「商業と医学の神、神々の使者」のことだよ。一方、英語の Wednesday は、ゲルマンの主神「ウォーダン Woden(北欧神話のオーディン Odin に相当)の日」という意味なんだ。木曜日は、ラテン語では dies Jovis で「木星ないしユピテル Jupiter の日」だけれど、英語ではゲルマンの雷神「トール Thor の日」で Thursday という名前になった。金曜日の dies Veneris は「金星ないしウェヌス Venus の日」だね。ウェヌスは英語ではヴィーナスと呼ばれる「美と愛の女神」のことだよ。英語の Friday は、古代ローマの女神になぞらえて、ゲルマンの女神フレイヤ Freya から取られているんだ。
学生:なるほど。要はフランス語の曜日名はローマの曜日名を踏襲したものなのに対し、英語の曜日名はローマの曜日名の意訳みたいなものなんですね。月曜は古典ラテン語の luna を置き換えているだけですが、火曜日から金曜日についてはローマの神々と似た属性を持つゲルマンの神々の名前がつけられているんですね。
先生:そうだね。でも興味深いのは土曜と日曜の名称なんだ。
学生:土曜日はラテン語では dies Saturni、これは「サトゥルヌス Saturnus の日」という意味ですか? サトゥルヌスはローマ神話では農耕の神ですが、土星も指しますね。フランス語の samedi は dies Saturni とはだいぶかたちが異なりますが、samedi の語源なのでしょうか? 英語の Saturday はラテン語の saturni にかたちがよく似ているように思いますが。
先生:フランス語の samedi は実は古典ラテン語の dies Saturni に由来するものではなくて、俗ラテン語の *sambati dies が直接の語源なんだ。古典ラテン語で「安息日」を意味する sabbatum の属格形の sabbati が音韻変化で *sambati に変化したのだと考えられている。ユダヤ教では金曜の日没から土曜の日没までを安息日としていて、そこから派生した名称だね。一方 Saturday は英語の曜日名では唯一、ラテン語の曜日名を引き継いだものになっているんだ。
学生:日曜日は、フランス語も英語も古典ラテン語の dies Solis とはかなり違いますね。Solis は「太陽」を意味する sol の属格なので、dies solis は「太陽の日」という意味でしょうか?
先生:そのとおり。だから英語の Sunday は、ラテン語の曜日名の翻訳ということになるね。フランス語の dimanche は、俗ラテン語の *di(d)ominica に由来していて、これは古典ラテン語では「主の日」dies dominicus という意味になる。帝政ローマでキリスト教が定着するようになると、「太陽の日」dies Solis に置き換わったんだね。
学生:面白いですね。フランス語の曜日名は月から金までは古代ローマの神々の名を冠した名称を引き継いでいるのだけど、土日はユダヤ/キリスト教に由来する名称になっているんですね。それに対して英語の曜日名は火曜から金曜まで古代ローマの神々をゲルマンの神々に置き換えているのに、土日月についてはローマで使用されていた曜日の名称を引き継いでいるということになりますね。
先生:ゲルマン語系の世界には、ユダヤ/キリスト教的概念が週の名称に取り入られるより前に、ローマから週という時間区分が入ってきたからだろうね。
学生:古典ラテン語の曜日名を見て気づいたのですが、日本の月火水木金土日という曜日名はラテン語の曜日名に対応したものになっていますね。日本語の曜日名は古典ラテン語の翻訳なのでしょうか?
先生:月火水木金土という曜日の名称は「七曜」と言って、9世紀に中国から伝わっていて吉凶の占いで使われていたものだったんだ。
学生:中国から日本に伝わった七曜が、古代ローマの曜日と同じように、太陽と月、それから5つの惑星名となっているのは、偶然とは思えないのですが。
先生:そもそも7日からなる週の起源は、紀元前700年頃のバビロニアまでさかのぼることができるらしい 。この時代の占星術師たちが5つの惑星と太陽と月に自分たちの神々の名前を与え、週のそれぞれの日に当てはめていったとのことだ。古代ローマ人はその惑星を自分たちの神々の名前に置き換えたんだね。この7つの曜日からなる週という単位が東方に展開したネストリウス派キリスト教[注3]とともに東アジアにも伝えられ、中国の五行(中国古代の世界観で、万物を構成し、天地の間に運行すると考えられた木・火・土・金・水の五つの元素[注4])で定められていた惑星の名称と結びついて七曜になったみたいなんだ[注5]。もっとも七曜は明治になって西欧で使われていた太陽暦であるグレゴリオ暦が日本で採用されるまでは、もっぱら吉凶を占うためのもので、一般の人たちの生活のリズムと関わりはなかったけどね。また、明治9年(1876年)に週が公務に用いられるようになり、日曜が休日とされるようになったのは、古代ローマの暦のおかげと言えるかもしれない[注6]。
学生:日曜が休日なのが古代ローマのおかげというのはどうしてですか?
先生:コンスタンティヌス帝 Constantinus(274年頃-337年)という皇帝のことは聞いたことがあるかな?
学生:コンスタンティノープルを建設して、キリスト教をはじめて公認した皇帝ですよね。
先生:おお、君は世界史に強いみたいだね。日曜日を休日と定めたのはコンスタンティヌス帝なんだよ。321年の勅令で、農民を除く全市民は「太陽の日」dies solis、すなわち日曜日に、仕事をしてはならないと命じられた。当時ローマで勢力が大きかったミトラス教が太陽神を崇拝していたことと、皇帝が公認したキリスト教も救世主復活の日として日曜を重視していたことがあって、コンスタンティヌス帝はこれら2つの宗教の習合を考え、日曜を休日としたそうだ[注7]。
学生:ところで西欧の週が導入される以前は、日本人はいつ休んでいたんですか?
先生:職業などによって違っていたみたいだけれど、10日に一度とかあるいは半月に一度の割合で休んでいたようだね。
学生:それは週が導入されて何よりでした。今の自分たちの生活の周期の起源が、文化的にも歴史的にも遠く隔たった古代ローマにあるというのは不思議な感じがしますね。
[注]