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曲のエピソード
イギリスのアーティストがアメリカのミュージック・シーンを席巻することを俗に“British Invasion”と呼ぶ。これまでにこの現象が何度かくり返し起きているが、ビートルズを始めとして、複数のイギリスのアーティストたちがアメリカのチャートを席巻した1960年代半ばのそれは、怒涛の勢いとも言うべき凄まじいものだった。
アニマルズは、そうしたBritish Invasionの一翼を担ったバンド。2枚目のシングル「The House of The Rising Sun(邦題:朝日のあたる家)」がいきなり本国イギリスのナショナル・チャートと全米チャートで首位に立ち、人気グループの仲間入りを果たした。作者不詳のアメリカ民謡ではあるが、後にアフリカン・アメリカンの人々によって歌い継がれ、 “Afro-American Folklore(アフリカン・アメリカン民謡)”のひとつにも数えられている。少なくとも、1940年代から複数のアーティストによってレコーディングされてきた有名曲のひとつ。アニマルズがこの曲をレコーディングした理由は、デビュー当初、ロックン・ロールの草分け的ミュージシャン、チャック・ベリー(Chuck Berry, 1926-)と共にツアーをしていた頃、ステージでこの曲を演奏したところ、観客の反応が良かったため。
民謡や伝承音楽の多くがそうであるように、この曲の背景にも諸説ある。ひとつは、1860年代~1870年代初期に(歌詞にも登場する)ニューオーリンズに実在した売春宿(店名はフランス語で「朝日」を意味するとか)がモデルである、とする説。今ひとつは、やはりニューオーリンズに実在した女性刑務所(入口の門には「朝日」の絵が描かれているという)をモデルとする説。が、歌い継がれてきた古くからの歌詞は、どう聴いても売春宿が舞台である。日本では、ちあきなおみのカヴァーが有名(歌詞はこちら:https://www.uta-net.com/song/37732/)。
その昔、ニューオーリンズでは、父親が大人の入り口に差し掛かった息子に初体験をさせるために「朝日」という名の売春宿に連れて行った、という逸話も残っている。が、もし仮にアニマルズがその逸話をもとにこれを歌ったとするなら、そうした過去が罪に問われるはずもなく、歌詞に登場する「囚人用の足かせ」をはめる必要もない。よって、彼らによるヴァージョンは、タイトルの「朝日と呼ばれる家」を刑務所に見立て、女性刑務所を男性刑務所に置き換えてカヴァーした、と考えるのが妥当だろう。
曲の要旨
ニューオーリンズにある、「朝日」と呼ばれる刑務所。そこは、貧しい家庭に生まれ、やむなく罪を犯した少年たちの吹き溜まり。主人公の少年もまた、いずれその刑務所で自身が犯した罪を償うことになるだろう。裁縫で生計を立てる母と呑んだくれでギャンブラーの父親、兄弟姉妹たちに囲まれての貧しい暮らしにいたたまれず、故郷ニューオーリンズを飛び出した主人公は、何かしらの罪を犯して、今、まさに刑務所送りになろうとしている。兄弟姉妹たちには、決して自分のようにはなって欲しくない。刑務所で罪悪感と絶望感に苛まれて過ごすような羽目に陥らないように、とのメッセージを母親に託す主人公は、いずれ訪れるであろう「朝日」という名の刑務所での悲惨な暮らしを思い浮かべては、悲痛な思いにとらわれるのだった――。
1964年の主な出来事
アメリカ: | 雇用上の人種差別などを撤廃する公民権法(Civil Rights Act)が成立。 |
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公民権運動指導者のマーティン・ルーサー・キング Jr. 牧師がノーベル平和賞を受賞。 | |
日本: | 東京オリンピックが開催される。 |
世界: | ソヴィエト連邦でブレジネフが第一書記に就任。 |
1964年の主なヒット曲
I Want to Hold Your Hand/ビートルズ
Hello, Dolly!/ルイ・アームストロング
I Get Around/ビーチ・ボーイズ
Everybody Loves Somebody/ディーン・マーティン
Where Did Our Love Go/シュープリームス
The House of The Rising Sunのキーワード&フレーズ
(a) down in ~
(b) be on a drunk
(c) spend one’s life in sin and misery
ある時、筆者は教えている翻訳学校の生徒さんから、実に興味深い質問を受けた。曰く「英語圏でも、例えば日本の演歌のように、男性が女性の心情を歌った曲というのがあるんですか?」――答えは「ありません」。仮に、女性が歌った曲を男性がカヴァーしようとするなら、性別が判る単語を書き換えれば済む話であって、わざわざ男性が女性言葉で、また、逆に女性が男性言葉で歌うことは皆無に等しい。“he”→“she”、“boy”→“girl”のように書き換えれば、性別に関係なく同一の曲を誰が歌っても意味が通るわけだ。
曲のエピソードでも触れたように、この曲はもともと売春宿で春をひさぐことになってしまった女性の悲哀が歌われたものだ。もしアニマルズが“the house of the rising sun”を売春宿としてこの曲をカヴァーした場合、その家は江戸時代でいうところの陰間茶屋(少年が男性を相手に身体を売るところ)になってしまう。さすがにそこまでの冒険はしなかったとみえて(苦笑)、彼らはその「家」を刑務所に見立ててカヴァーしている。
(a)は、“down”なしの“in ~”だけでも意味が通じるが、わざわざ“down”をもってきたのには、それなりの理由がある。“down”には「地方へ、田舎へ」という意味もあり、アメリカでいうなら、特に南部の地名の前に(a)がつく場合が多い。“down in Alabama”、“down in Mississippi”という風に。まあ、南部に住む人々にとっては、この“down”は余計なのかも知れないけれど…。
“He is drunk.(彼は酔っている)”の“drunk”は、ご存知のように“drink”の過去分詞形であり、「酔って、酔っ払って」という意味の形容詞でもある。ところがこの曲では名詞として使われている。これは、口語的な使われ方で、主人公の父親のような呑兵衛、もしくは大酒を飲む行為を指す言葉。「へべれけになっている人、うわばみ、泥酔」といったところか。なので、(b)は「大酒を飲んで」となる。主人公の父親は、べろんべろんに酔っ払った時だけ満足感を得る、と歌われていることから、家族から迷惑がられていることが判る。主人公の男性がどんな罪を犯したのかは、歌詞の中で具体的に述べられていない。が、そうした家庭環境が彼を追い詰めたことがここのフレーズから浮かび上がってくる。
この曲がアフリカン・アメリカンの人々の間で伝承民謡として定着した、ということにうなずけるフレーズが(c)。いかにもゴスペル・ナンバーに出てきそうな歌詞だから。(c)は、主人公が「自分のように、刑務所の中で罪の意識と悲壮感に襲われながら人生を送る」ようなことになってはならない、と、兄弟姉妹に伝えてくれ、と母親にメッセージを送る箇所。特に“sin”はゴスペル・ナンバーに多く登場する単語で、神様に向かって「これまでの罪を洗い流して下さい」のような歌詞の中に散見される。私見ながら、ここのフレーズがアフリカン・アメリカンの人々の心の琴線に最も触れたのではないか、と思う。
「朝日」という希望をうかがわせるような名前を持つ家(建物)は、じつは売春宿であり、刑務所でもあった。どちらの説が正しいのかは未だに判らないが、悲惨な歌詞の内容と、マイナー調のメロディから醸し出されるのは、その建物が決して楽しい空間ではない、ということだ。モデルとなったと言われている、フランス語で「朝日」を意味する売春宿、あるいは「朝日」の絵が門に描かれた女性刑務所は、一日の始まりを晴れやかに告げる「朝日」のあたる家ではないのだった。