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曲のエピソード
1970年代、ディスコ・ミュージックのブームに乗って、フィラデルフィア産のR&B/ソウル・ミュージックが大旋風を巻き起こした。名付けて“フィラデルフィア(もしくはフィリー)・ソウル”。その急先鋒を担っていたのが、スリー・ディグリーズ、オージェイズ、ハロルド・メルヴィン&ブルー・ノーツを始めとして、多くの人気アーティストを輩出したレーベル、Philadelphia International。仕掛け人は、ソングライター/プロデューサー・コンビのケネス・ギャンブル(Kenneth Gamble, 1943-)とリオン・ハフ(Leon Huff, 1942-)。同コンビは“ギャンブル&ハフ”の通り名で日本のR&B/ソウル・ミュージック愛好家の間でも浸透している。
不倫ソングの金字塔ともいうべきこの曲が誕生した背景には、ギャンブル&ハフの実体験が色濃く反映されている。1970年代初頭、彼らが所有するレーベルのオフィスがあった雑居ビルの階下に、両者がしょっちゅう利用するカフェがあった。見るからに不倫関係と思われる男女が、それぞれ店内に入るタイミングをずらしながらも、それぞれきっかり同じ時間に現れて逢瀬を重ねていたという。「これを曲にしない手はない」と思い立った両名は、その男女が不倫関係にある、との確信を得て、すぐさま曲作りに取りかかった。彼らが所有するレーベルの所属シンガー、ビリー・ポールがレコーディングし、大ヒットに結びついた。当時、この曲の歌詞に共鳴した不倫関係の男女が多く存在したものと思われる。
曲の要旨
道ならぬ恋愛関係に身を焦がす僕とジョーンズ夫人。いつもの時間にいつものカフェで、人目をはばかってこっそり会うふたり。彼女と僕が好きな曲を店内のジューク・ボックスから流し、その間だけ、ふたりの将来について語り合う。けれど、決して高望みをしてはいけない。お互いに家庭を持つ身なのだから。それでも明日、また同じ時間にこの場所で会う約束をするふたり。店を出る時には他人を装うのが暗黙のルール。けれど、別れ際にはどうしても心の奥がしくしくと痛む。そう、ふたりは不倫関係――。
1972年の主な出来事
アメリカ: | 6月17日にウォーターゲート事件が発覚。 |
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日本: | 浅間山荘事件が日本中を震撼させる。 |
田中角栄首相が訪中し、日本と中国の国交が回復。 | |
世界: | 東ドイツと西ドイツの国交が正常化。 |
1972年の主なヒット曲
American Pie/ドン・マクリーン
Without You/ニール・ヤング
The First Time Ever I Saw Your Face/ロバータ・フラック
Alone Again (Naturally)/ギルバート・オサリヴァン
Papa Was A Rollin’ Stone/テンプテーションズ
Me And Mrs. Jonesのキーワード&フレーズ
(a) Me and Mrs. Jones
(b) got a thing going on
(c) got one’s own obligations
時は移ろえども、不倫ソングはなくならない。特にR&B/ソウル・ミュージック界では、歴史にその名を刻む不倫ソングが数多くある。以下、特に印象深い楽曲を挙げてみる。
(1) (If Loving You Is Wrong) I Don’t Want To Be Right/ルーサー・イングラム(1972, 全米No.3)
(2) Secret Lovers/アトランティック・スター(1986, 全米No.3)
(3) As We Lay/シャーリー・マードック(1987, 全米No.23)
(4) Saving All My Love/ホイットニー・ヒューストン(1985, 全米No.1)
(5) Layla/デレク&ドミノズ(1972, 全米No.10/1992年にエリック・クラプトンがソロ名義でレコーディングしたヴァージョンは全米No.12)
(1)~(4)は全てR&B/ソウル・ミュージック。その昔、家庭のある男性に惚れてしまった筆者の旧友が、毎晩のように(1)を聴きながら自らを慰めた、という話を聞かされたことがある。(1)のタイトルを意訳するなら、「君を愛するのが罪だというなら、人の道に外れても構わない」。(2)~(4)は、R&B/ソウル・ミュージック界で不倫ソングが流行した1980年代半ばのヒット曲。当時、筆者はアフリカン・アメリカン女性の友人に「どうして今、不倫ソングが流行するの?」と訊ねたことがある。返ってきた答えは“Because everyone can relate to.(そりゃ、誰にだって思い当たるフシがあるからよ)”であった。(5)は、クラプトンのファンならずとも一度は耳にしたことがあるのでは……? その昔、レイラという女性に捧げたラヴ・ソングだと思っていたが、じつはこれも不倫絡み。クラプトンが横恋慕していたジョージ・ハリスンの妻パティのことを歌った曲なのである。そして遂にクラプトンは略奪婚に成功するのだった!(のちに離婚。)後年、パティはこの曲について余りいい感情を抱いてなかった、と告白している。女心は複雑だ。
先述の(1)もそうだが、この曲もタイトルからして不倫ソングと判る。何しろ「Me And Mrs. Jones」である。タイトルはくだけた言い方で、正しくは「Mrs. Jones & I」。洋楽ナンバーでは、「○△と僕(私)」を表す際に“Me”が先にくるものが目に付く。ジャニス・ジョプリンの「Me And Bobby Mcgee」(1971, 全米No.1)、ウォーの「Me And Baby Brother」(1974, 全米No.15)、ポール・サイモンの「Me And Julio Down By The Schoolyard」(1972, 全米No.22)などはその一例。
ソングライターのギャンブル&ハフが実在するカフェで目にした女性のラスト・ネームが“Jones”だっとは限らない。恐らく、歌詞に綴る際に、最も語感のいいラスト・ネームだったのだろう。さらには、タイトル部分が歌われている最初のセンテンスに続くフレーズとの押韻も考えたはずだ。ラスト・ネームがどうあれ、その頭に既婚者であることを示す“Mrs.”があることから、“Me”とこの女性はただならぬ関係であることが判る。
洋楽ナンバーの歌詞に頻出する言い回しの(b)は、直訳すれば「(ふたりには)進行中の物事がある」だが、それだと味もそっけもない。「進行中」なのは、双方の不倫関係であることは火を見るより明らか。ここを思い切って意訳してみると、「ふたりは人に知られてはならない秘密の関係を築いている」となるだろうか。ハッキリ言えば不倫関係である。仮にこの曲が不倫ソングでないとしたら、(b)は「ふたりは愛を育んでいる」ぐらいの意味になる。前後のフレーズによっては、(b)の言い回しの意味が変わってくるので要注意。
洋楽ナンバーの歌詞に滅多に登場しないのが(c)にある“obligation(s)”。辞書には「義務、責務、恩義、義理」といった意味が載っているが、ここでは「責任」がしっくりくるだろう。筆者はこの曲でその単語を知った。言葉を補足するなら、「お互いの家族に対する責任」である。続くフレーズで「僕もその責任を負っている」と歌われていることから、主人公であるこの男性にも養うべき妻や子供があることが判る。つまりこの男女は、お互いに家庭を持っていながら秘密の逢瀬を重ねているわけだ。タイトルだけを見れば、“Me”が独身男性にも思えるが、歌詞の中で、既婚者であることをほのめかしている。家庭持ちの男と女が毎日のように時間と場所を示し合わせてこっそり会う――両者の関係は、不倫以外の何物でもない。ただ、この曲には、主人公の男女が痴話喧嘩を繰り広げたり痴情に流されたりするドギツイ歌詞が登場しない。なので、何となくサラッとしていて、粋な感じがするのである。その点もまた、当時、この曲が大ヒットした要因のひとつではないだろうか。
通信記録が残る携帯電話や、相手の行動を探るGPS機能などの文明の利器を想像することさえできなかった時代の不倫ソングの数々。それでも不倫の恋愛に身を焦がす男と女は、細心の注意を払って互いの思いを育んでいた。何でもかんでも簡単に探り出せる現代とは違い、不倫関係にはじつに涙ぐましい努力が払われていたのだった。その分、愛も余計に深まったことだろう。ちょっぴり羨ましい(?)気もする。