歴史を彩った洋楽ナンバー ~キーワードから読み解く歌物語~

第27回 (Sittin’ On The) Dock of The Bay(1968, 全米No.1, 全英No.3)/ オーティス・レディング(1941-67)

2012年4月11日
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●歌詞はこちら
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曲のエピソード

1967年12月10日、バック・バンドのメンバーたちとツアー先に向かうべく乗り込んだ自家用飛行機の墜落事故により、26歳の若さで還らぬ人となったオーティス・レディング。死後、彼にとって初の全米No.1ヒットとなったこの曲は、亡くなるわずか18日前にレコーディングされた。彼の死から6週間後にシングルとしてリリース。作者はオーティス自身と、彼の盟友でギタリストのスティーヴ・クロッパー(Steve Cropper/今も現役)。喉のポリープ切除手術を受けた後にレコーディングされたものであるため、彼の代名詞とも言える熱いシャウトは聞かれない。邦題は原題のカッコ内と定冠詞“the”を削除した「ドック・オブ・ベイ」。その昔、「ドッグ・オブ・ベイ」の誤表記が度々あり、「犬のことを歌った曲」と本気で思い込んでいた人もいたほど。

ツアー先のサンフランシスコでバンドと共にボートハウスに滞在中、サンフランシスコ湾をぼーっと眺めている時にオーティスの頭の中にこの曲がひらめいたという。テーマはこれまでの人生を振り返りつつの「望郷」。「ジョージアの故郷」とあるが、彼は実際にジョージア州ドーソンの生まれ。曲の終盤に流れるやや調子っぱずれの口笛はオーティス本人によるもので、そこの部分の歌詞が出来上がっていなかったため、即興的に吹いたらしい。何とも言えない哀愁が漂っていて、曲の雰囲気に合う。日本でも人気が高く、某証券会社のCMでは、世界各地のミュージシャンにリレー的に歌わせたカヴァー・ヴァージョンが効果的に流れている。

曲の要旨

故郷をあとにし、募る望郷の思いをどうすることもできなくて波止場にたたずむ一人の男。何をするでもなく、港に出入りする船の様子や打ち返す波をジッと見つめているだけ。心の中に去来するのは、故郷のこと、これまで自分が歩んできた人生の道のり、そして不器用な自分はこれからも今までと同じように生きていくんだろうな、という漠たる思い。朝日が昇った瞬間から夕焼けが沈むまで、長い時間、男は波止場に腰を下ろして遠くを見つめている。全身に哀愁をまとうようにして――。

1968年の主な出来事

アメリカ: ロバート・ケネディ上院議員が暗殺される。
  公民権運動指導者のマーティン・ルーサー・キング Jr.牧師が暗殺される。
日本: 静岡県の旅館で殺人犯の立てこもり事件が発生。世に言う「金嬉老事件」。
世界: 南ヴェトナム民族解放戦線軍がサイゴンに進撃し、アメリカ大使館を占領。

1968年の主なヒット曲

Mrs. Robinson/サイモン&ガーファンクル
Hello, I Love You/ドアーズ
People Got To Be Free/ラスカルズ
Hey Jude/ビートルズ
I Heard It Through The Grapevine/マーヴィン・ゲイ

(Sittin’ On The) Dock of The Bayのキーワード&フレーズ

(a) the Frisco Bay
(b) have nothing to ~
(c) come one’s way
(d) rest one’s bones

長年、R&B/ソウル・ミュージックを聴き続けてきた中で、あるひとつの不思議な現象に気付いた。それは、オーティス信奉者には圧倒的に男性が多い、ということ。しかも、そのほとんどは、オーティスの衝撃的な訃報にオン・タイムで接している。筆者が物心ついた時には、彼はもうこの世の人ではなかったため、その衝撃の度合いがピンと来なかった。長じて様々な書物でオーティスの人生を知るにつれ、彼がそれこそ「命を削って」歌っていたのだと思い知った。何しろ、喉のポリープ切除の手術を受ける前までのシャウトが凄まじい。男性陣が「惚れる」ことに納得した。そしてオーティス信奉者の多くは、汗を飛び散らしながら喉を極限まで酷使しつつ歌っていた頃の彼に心酔する。よって、最大ヒット曲であるにもかかわらず、オーティス信奉者はこれを世間一般の人々が「代表曲」と捉えるのを好まない。「オーティスこそ“The Last Soul Man”だった」が口癖だった筆者の旧友は、この曲を聴くと条件反射的にオーティスの死を想起させられるから好きではない、とハッキリ言ったものだ。

そんなオーティス信奉者の思いをよそに、そして誤解を恐れずに言えば、これは彼の死を代償に大ヒットした代表曲である。そのこともまた、オーティス信奉者がこの曲を敬遠する理由のひとつではないかと思う。亡くなった後に全米チャートで首位に立っても…というわけだ。オーティスが生きていたら何と言っただろう?

(a)は、曲のエピソードでも触れたように、オーティスの実体験がそのまま歌詞になったもの。“Frisco”は“San Francisco”の俗称だが、辞書によれば「サンフランシスコ市民はこの呼び方を好まない」とある。筆者がこの俗称に接したのはだいぶ前のことで、マイケル・ジャクソンが兄弟と共に結成したジャクソンズ(The Jacksons/The Jackson 5を改名して1976年からこのグループ名で活動した)のヒット曲「Blame It On The Boogie(邦題:今夜はブギー・ナイト)」(1978/R&BチャートNo.3、全米No.54)の歌詞で初めて知った。ただ、サンフランシスコ出身のアメリカ人の知人や友人が過去に一人もいなかったため、本当にその俗称が地元民に嫌われているかどうか、確かめようがなかった。

ひょんなことから、“Frisco”が地元民に快く思われていないことが判明した。アメリカの刑事ドラマを見ていた時のこと。サンフランシスコ市警察の刑事が、関わった事件の真相を解明するために遥々ニューヨークへと赴く。ニューヨーク市警察の人間に「Friscoから来たんだって?」と藪から棒に訊ねられたサンフランシスコ市警察の刑事が、露骨にムッとして「Friscoじゃない、San Franciscoだ!」と言い返したのである。吹き替えではなく副音声の英語で見ていたので、そこの日本語訳がどうなってたかは判らない。そうか、やっぱり“Frisco”の俗称は地元民にとっては不快なんだな、と、ようやく長年の疑問が解けた。だからと言って、オーティスやジャクソンズが故意にその言葉を歌詞に盛り込んだとは思えない。単純に考えたら、“San Francisco”という地名が長過ぎるので、短い俗称を使ったのではないだろうか。“Frisco”は、スペルからも判る通り、“Francisco”を縮めた言い方だ。(a)は、“the San Francisco Bay”を俗称を用いて言い換えただけのこと。

(b)の“to”以下は英文法でいうところの「不定詞」の形容詞的用法。“to”以下が直前の名詞を修飾している。(b)が登場するフレーズでは、「生きるためのものが何もなかった」、意訳するなら「自分には生き甲斐が何ひとつなかった」と歌っている。歌に人生を賭けたオーティスに思いを馳せれば、「プロのシンガーとしてデビューする前の自分は、生き甲斐なんてひとつも見いだせなかった」と歌っているようにも聞こえる。ここのフレーズを、様々な英文に書き換えてみた。

I have nothing to lose.(失うものは何もありません)

I have (or I’ve got) something to do.(やらなければならないことがあります)

It’s time to go to school.(そろそろ学校へ行く時間です)

「to不定詞」、懐かしいですねえ…。

(c)は、辞書の“way”の項目にイディオムとして載っており、「~の手中に収まる、~の身に降りかかる」とある。口語では「(物事が)~の思い通りに運ぶ」という意味だと。筆者がこれまで訳してきた洋楽ナンバーにも、何度か(c)の言い回しが出てきた。たいていの場合は「~の思い通りになる」という意味で使われていた。この曲でも「この先、何ひとつ自分の思い通りに物事が運ばないような気がする」と言っている。諦めの境地、と言えばいいだろうか。そこのフレーズに、術後に思うように声が出ないオーティスの焦燥感みたいなものを感じるのは、深読みのし過ぎ?

日本語にも「骨休めをする」という言い回しがある。実際には体内に埋もれている骨を休めるわけではないけれど、「ちょっとひと休み」ぐらいのニュアンスだ。「骨が折れる」なんていうのも、比喩的な表現として使われる。“bone”は可算名詞だから、日本語の言い回しに倣って言えば、(d)も「骨休めをする」だととっさに思ってしまう。でも、ちょっと待って! ここで、“bone”を辞書で調べてみる。すると――

“bone”には「(物事の)本質、核となるもの」という意味もあり、それが複数形である場合、「心の深層部」を意味するとあるではないか…!!! (d)はイディオムとして辞書には載っていないものの、“bones”という複数形であることから、(d)は「骨休め」ではなく「(疲れた)心を癒す」という意味であることが判る。もっと突っ込んだ意訳を試みて、「人知れず抱えてきた心の重荷を軽くする」なんていうのはどうだろう? 一瞬、「英語にも『骨休め』と同じ表現があった!」と思ったが、それは糠喜びだった。「休息」を意味する「骨休め」とは、ニュアンスがやや異なる。このように、可算名詞には、単数形と複数形で意味が違ってくるものもあるので、知っている単語でも一度は辞書で調べてみることが肝要。

効果音として使われている、寄せては返す波の音。そして終盤の寂しげな口笛。20代半ばとは思えないほど老成した言葉を連ね、感慨にふける男性。この曲がオーティスの死を想起させる理由は、そんなところにもあるのだろう。

筆者プロフィール

泉山 真奈美 ( いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

編集部から

ポピュラー・ミュージック史に残る名曲や、特に日本で人気の高い洋楽ナンバーを毎回1曲ずつ採り上げ、時代背景を探る意味でその曲がヒットした年の主な出来事、その曲以外のヒット曲もあわせて紹介します。アーティスト名は原則的に音楽業界で流通している表記を採りました。煩雑さを避けるためもあって、「ザ・~」も割愛しました。アーティスト名の直後にあるカッコ内には、生没年や活動期間などを示しました。全米もしくは全英チャートでの最高順位、その曲がヒットした年(レコーディングされた年と異なることがあります)も添えました。

曲の誕生には様々なエピソードが潜んでいるものです。それを細かく拾い上げてみました。また、歌詞の要旨もその都度まとめましたので、ご参考になさって下さい。