人名用漢字の新字旧字の「曽」や「祷」の回を読んだ方々から、常用漢字でも人名用漢字でもない漢字を子供に名づけたいのだが、どうしたらいいのか、という相談を受けました。それがどれだけ大変なことかを知っていただくためにも、あえて逆説的に、「人名用漢字以外の漢字を子供の名づけに使う方法」を、全10回連載で書き記すことにいたします。
家事審判に口頭弁論はない
前回(第3回)、大事なことを一点、書き忘れていました。家庭裁判所の家事審判では、通常、口頭弁論はおこなわれません。つまり、最初に提出する家事審判申立書が全てなのです。裁判官は、あなたの申立書と、それに対する市町村長の意見書と、その2つの書面だけで審判をくだす、と言っても過言ではありません。あるいは裁判官は、あなたを裁判所に呼び出して質問(審尋)してくれる場合もありますが、それを期待してはいけない、ということです。家事審判申立書には、必要な事柄を全て書いておかなければならない、ということです。
では、家事審判申立書の『申立ての実情』には、何を書くべきなのでしょう。まず第一に、子供の出生および名づけ、出生届の提出および不受理、そして「やむをえず」出生届に書いた名、できれば日付を含めて書いておく必要があります。第二に、出生届が受理されなかった理由、特に、問題となった漢字を挙げなければなりません。その上で、問題となった漢字が「常用平易」だという主張を、展開することになります。最後に、「常用平易」な漢字による出生届を不受理とした市町村長の処分は不当だ、という形で、『申立ての実情』を締めくくります。
でも、問題となった漢字が「常用平易」だという主張なんて、どう書けばいいんでしょう。「常用」と「平易」に分けて、過去の判例を見ていくことにしましょう。
高裁判例にみる漢字の「常用」性
「曽」の判例(札幌高等裁判所平成15年(ラ)第56号)では、郵便番号簿に「曽」を含む地名が300以上あることを根拠に、「曽」の「常用」性を判示していると言えます。「祷」の判例(大阪高等裁判所平成19年(ラ)第252号)では、「祈祷」「黙祷」などの形で目にする機会が多いこと、「祷」がJIS X 0208の第1水準漢字であることを根拠に、「祷」の「常用」性を判示していると言えます。「穹」の判例(大阪高等裁判所平成19年(ラ)第486号)は多少複雑なのですが、「蒼穹」「天穹」などの熟語に使用されていること、「穹」がJIS X 0208の第2水準漢字で携帯電話でも簡単に表示できること、などを根拠に、「穹」の「常用」性を判示しているようです。つまり、ある漢字が「常用」されているかどうかの根拠は、漢字によってケースバイケースで、一般的に示すのは難しいということでしょう。
高裁判例にみる漢字の「平易」性
「曽」の判例では、「曽」が常用漢字の「僧」「増」「贈」「憎」「層」の部分字体であることから、「曽」の「平易」性を判示しています。「祷」の判例では、「祷」が人名用漢字の「禱」の異体字であり、かつ「禱」より画数がかなり少ないことを根拠として、「祷」の「平易」性を判示していると言えます。「穹」の判例では、同じ構成要素を持つ人名用漢字の「穿」「窄」「窟」、あるいは常用漢字の「窮」「湾」に比べて、「穹」は画数も少なく「平易」だと判示しているようです。つまり、ある漢字が「平易」かどうかは、常用漢字や人名用漢字との画数の比較、それも構成要素か意味が同じ漢字との比較によって、裁判所は判断するようです。