人名用漢字の新字旧字

第80回 「媛」と「

筆者:
2011年1月27日
080hime-old.png

新字の「媛」は、常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。つまり、新字の「媛」は出生届に書いてOKですが、旧字の「」はダメ。では、愛媛県はどうだったのでしょう。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、常用漢字1134字、準常用漢字1320字、特別漢字74字、の合計2528字を収録していました。この準常用漢字の中に、旧字の「」が収録されていました。ところが、昭和21年11月5日に国語審議会が答申した当用漢字表には、新字の「媛」も旧字の「」も収録されていませんでした。そして、昭和23年1月1日の戸籍法改正で、子供の名づけに使える漢字は、この時点の当用漢字表1850字に制限され、新字の「媛」も旧字の「」も子供の名づけには使えなくなってしまいました。

昭和53年1月1日に制定された漢字コード規格JIS C 6226では、旧字の「」が第1水準漢字でした。ところが昭和58年9月1日の規格改正で、旧字の「」に代わって、新字の「媛」が第1水準漢字になりました。旧字の「」は、JIS漢字コードの規格票からは消えてしまったのです。一方、民事行政審議会は平成2年1月16日、新たに人名用漢字に追加すべき漢字として、118字を答申しました。この118字には、新字の「媛」が含まれており、旧字の「」は含まれていませんでした。平成2年3月1日、戸籍法施行規則は改正され、新字の「媛」を含む118字は全て人名用漢字になりました(平成2年4月1日施行)が、旧字の「」は人名用漢字になれませんでした。

これらの動きに対し、愛媛県は、微妙な態度を取り続けていました。法令や公用文書に関しては旧字の「」による「愛県」を正式名称とする一方、住所表記やその他の印刷物に関しては新字の「媛」でも旧字の「」でもよい、としていたのです。ところが、平成20年7月15日に、文化審議会国語分科会の漢字小委員会が188字の常用漢字表追加案を発表したことで、風向きが変わり始めました。この追加案188字に、新字の「媛」が含まれていたのです。常用漢字表は、法令、公用文書における漢字使用の目安なので、新字の「媛」を常用漢字に追加するような改定がおこなわれたら、法令や公用文書には、旧字の「」より、むしろ新字の「媛」を使うべきだ、ということになります。

平成22年6月7日、文化審議会が答申した改定常用漢字表には、新字の「媛」が含まれていました。平成22年11月30日に内閣告示された新しい常用漢字表にも、新字の「媛」が収録されていて、旧字の「」は含まれていませんでした。この結果、子供の名づけにも、法令や公用文書にも、新字の「媛」は使ってOKですが、旧字の「」はダメなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

//srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。