人名用漢字の新字旧字

第81回 「翆」と「翠」

筆者:
2011年2月10日

新字の「」と旧字の「」の関係は、かなり複雑です。羽の下に卆の「」、羽の下に卆の「翆」、羽の下に卒の「翠」、羽の下に卒の「」、の4種類がありうるからです。

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これら4つのうち、子供の名づけに使えるのは、羽の下に卒の「翠」だけです。残りの3つは、現在は使えません。でも、過去には使えた時代もあったのです。

当用漢字1850字と人名用漢字92字では子供の名づけに足りない、という国民の声を受けて、法務省民事局は昭和50年7月、子供の名づけに使える漢字として追加すべきものを、全国の市区町村を対象に調査しました。さらに法務省民事局は、法務大臣の私的諮問機関として、人名用漢字問題懇談会を発足させ、人名用漢字に新たに28字を追加すべきだ、という結論を得ました(昭和51年5月25日)。この28字に、羽の下に卒の「」が含まれていたのです。そして昭和51年7月30日、この28字は、人名用漢字追加表として内閣告示されました。この時点では、羽の下に卒の「」だけが子供の名づけに使えて、「」「翆」「翠」はダメでした。

3週間後の昭和51年8月20日、法務省民事局は、羽の下に卒の「翠」も子供の名づけに認める旨を、全国の市区町村に通知しました。同時に、旧字の「」の下の「十」を「丅」に変えた俗字(下図参照)も、子供の名づけに認めたのです。この結果、羽の下に卒の「」、羽の下に卒の「翠」、そして下図の俗字、の3種類が子供の名づけに使えるようになりました。

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ところが、昭和56年5月14日の民事行政審議会答申では、羽の下に卒の「翠」は子供の名づけに使えるが、羽の下に卒の「」はダメとなっていました。もちろん、上図の俗字もダメです。羽の下に卆の「」も、羽の下に卆の「翆」もダメ。昭和56年10月1日に戸籍法施行規則が改正された結果、羽の下に卒の「翠」だけが、出生届に書いてOKとなりました。

平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、平成12年3月に文化庁が書籍385誌に対しておこなった漢字出現頻度数調査、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。羽の下に卆の「翆」は、JIS第2水準漢字で、出現頻度数調査の結果が1回しかなかったため、追加候補になりませんでした。羽の下に卒の「」は、出現頻度数調査の結果が32回だったのですが、JIS X 0213に収録されていなかったため、審議の対象になりませんでした。羽の下に卆の「」は、出現頻度数調査の結果が0回で、JIS X 0213に収録されていなかったため、やはり審議の対象になりませんでした。

この結果、羽の下に卒の「翠」だけが、人名用漢字として残されました。それが現在も続いていて、「翠」は出生届に書いてOKですが、「」も「翆」も「」もダメなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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