「口のとがらせ方」や「口のゆがめ方」を例に,発話キャラクタと表現キャラクタの別を述べてきたわけだが(補遺第26回~第29回),「りきみ」についても似たことが言える。
たとえばタンスの角に足の小指をぶつけて「あああー」と苦悶したり,「こーれはこまっったなー」と苦悩したり,あるいは「あのーすいませんけどーお願いが」と恐縮したり,「すんごいでっすんねー」と感心したりする声は,りきんで発せられていることがある。このようなりきみは特に,年輩の男性を中心とした『大人』に見られる――などというのは,「りきんでしゃべるとはどういう行動か」「りきんでしゃべる話し手はどういう人物か」という話,つまり発話キャラクタの話である。
だが,「りきんで言った」などと聞いても,そうした苦悶・苦悩・恐縮・感心の行動は思い浮かべられにくく,むしろ,相手に強く訴えかけようと勢い込んでしゃべるという,子供にもできる行動がイメージされやすい。これは,「「りきむ」と表現されるのはどういう行動か」「「りきむ」と表現されるのはどういう人物か」という話,つまり表現キャラクタの話である。
このように,りきみ声の発話キャラクタ(話し手の人物像)と表現キャラクタ(描かれ手の人物像)は完全には一致しない。これら2つを混同しないことが必要である。
とはいえ,発話キャラクタと表現キャラクタが重なって見えることもないわけではない。それが「舌打ち」である。ただ,舌打ちが特徴的なのは,舌打ちの音を真似たショーアップ語(補遺第24回~第25回)として,「ちっ」と「ちぇっ」があるということである。つまり,舌打ちに関しては,実際に舌打ちする,ショーアップ語「ちっ」を発する,ショーアップ語「ちぇっ」を発するという,少なくとも3つの行動がある。
実際に舌打ちする行動の場合,発話キャラクタ(舌打ちを行う人物像)と,表現キャラクタ(「舌打ちをした」と表現される人物像)は重なる。たとえばアニメ『サザエさん』のタラちゃんのような幼い『子供』は,発話キャラクタとしても表現キャラクタとしてもふさわしくない。
「ちっ」というショーアップ語を発する行動もそれと同様で,幼い『子供』は,「ちっ」としゃべる人物としても,「「ちっ」と言った」と表現される人物としても,似つかわしくない。「ちぃっ!しまった!」(吉川英治『新・平家物語(一)』1950-1957)のような,やや古い形「ちぃっ」になればなおさらである。
ところが,ショーアップ語「ちぇっ」の場合は,発話キャラクタにしても表現キャラクタにしても,『子供』は排除されない。むしろ,たとえば銀行強盗が「ちぇっ」と言ったり,「「ちぇっ」と言った」と表現されたりする方がおかしい。強盗がかわいくなってしまう。キスという,必ずしも子供っぽくない行動のショーアップ語「ちゅっ」がかわいいイメージを持つこととよく似ている。
3つの行動のいずれにおいても発話キャラクタと表現キャラクタは重なるが,ショーアップ語によって人物像が変わるということは要注意と言えるだろう。