コンピュータのキーは、なぜこんな順序に並んでいるのでしょう。コンピュータのキー配列(いわゆるQWERTY配列)は、どのようなルールで決まっているのでしょう。コンピュータを使う人ならば、誰もが抱く疑問です。しかし、その疑問に対する答は、一言では説明できないものなのです。1870年代にミルウォーキーでショールズ(Christopher Latham Sholes)がタイプライターを実用化してから、1970年代に日本のコンピュータのキー配列が標準化されるまでに、実に100年もの歴史が流れているのです。キー配列に関わったたくさんの人たちが、それぞれに異なる理由で、それぞれ少しずつキー配列を変更してきたために、コンピュータのキー配列全体を説明できる一貫した答というのは、もはや存在しないのです。でも、それぞれのキーがどうしてそこに移動してきたのかについては、それぞれのキーごとに歴史を辿れば、それなりに説明がつくようになっています。100年間のキー配列の歴史を、駆け足で辿ってみることにしましょう。
1870年4月、ショールズは38キーのタイプライターを試作しました。アルファベット大文字26種類と、2~9の数字、ハイフン、ピリオド、疑問符、コンマが打てるタイプライターで、数字の1はIで、数字の0はOで、それぞれ代用することにしていました。この時点でのキー配列は、アルファベットの前半を左から右へ、後半を右から左へと並べ、そこからA、E、I、O、U、Yの母音を上段に取り出し、最上段に数字とハイフンを並べた、以下のようなキー配列だったと推測されます。
1870年9月、このタイプライターはハリントン(George Harrington)のもとに持ち込まれます。その時点でのキー配列は、Aを左端に、Tを上段の真ん中に、それぞれ移動したものだったと考えられます。Aは最初のアルファベットなので左端に、Tは最も頻度の高い子音なので目立つところに、それぞれ移動したと推定されます。この結果、Aに追い出されたBが、Tの跡地(Vの右)へと移動させられています。
ハリントンの要求に従って、1871年9月、ショールズは新たなタイプライターを完成させます。そのキー配列は、Iを8と7のそばに移動させたものだったと考えられます。Iは数字の1にも使うので、「1871」を簡単に打てるようにしたのでしょう。
その一方で、シカゴのポーター(Edward Payson Porter)が経営する電信学校に対しては、Wを上段に、SをZとEの間に移動するような変更がおこなわれました。Wの頻度はそう高くないのですが、Yと同様に半母音なので、上段に移動する必要があったのかもしれません。Sの移動は、当時のアメリカン・モールス符号においてZが「・・・ ・」であり、S「・・・」とE「・」が連続した場合と聞き分けにくかったことが、原因だと考えられます。すなわち「・・・ ・」を受信しても、それがZなのかSEなのか瞬時には判別がつかず、続く文字を受信してからZあるいはSEをすばやく打つために、SをZとEの間に移動したと推測されます。
(QWERTY配列の変遷100年間(2)に続く)