人名用漢字の新字旧字

第79回 「逸」と「逸」

筆者:
2011年1月13日

新字の「逸」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「」は人名用漢字なので、やはり子供の名づけに使えます。つまり、新字の「逸」も、旧字の「」も、出生届に書いてOK。でも、旧字の「」には、実は微妙な歴史があるのです。

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昭和21年11月16日に内閣告示された当用漢字表には、旧字の「」が収録されていました。昭和23年1月1日の戸籍法改正で、子供の名づけに使える漢字は、この時点の当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には、旧字の「」が収録されていたので、旧字の「」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。

昭和23年6月1日、国語審議会は当用漢字字体表を答申しました。当用漢字字体表では、旧字の「」に代えて、新字の「逸」が収録されていました。昭和24年4月28日に、この当用漢字字体表が内閣告示された結果、新字の「逸」が当用漢字となり、旧字の「」は当用漢字ではなくなってしまいました。当用漢字表にある旧字の「」と、当用漢字字体表にある新字の「逸」と、どちらが子供の名づけに使えるのかが問題になりましたが、この問題に対し法務府民事局は、旧字の「」も新字の「逸」もどちらも子供の名づけに使ってよい、と回答しました(昭和24年6月29日)。

昭和56年3月23日、国語審議会は常用漢字表を答申しました。常用漢字表の「逸」には、カッコ書きで「」が添えられていました。つまり、「逸()」となっていたのです。これに対し民事行政審議会は、昭和56年4月22日の総会で、常用漢字表1945字を子供の名づけに認めると同時に、常用漢字表のカッコ書きの旧字357字のうち、当用漢字表に収録されていた旧字195字を、子供の名づけに認めることにしました。

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昭和56年5月14日の民事行政審議会答申では、旧字の「」は、子供の名づけに使える漢字に含まれていました。ところが「」の字体は、常用漢字表のカッコ書きや当用漢字表とは、微妙に異なるものになっていました。中の「兔」の字体が変わっていて、画数が1画増えていたのです。昭和56年10月1日の戸籍法施行規則改正では、旧字の「」が人名用漢字になりましたが、その字体は、民事行政審議会答申と同じく、1画増えた方のものでした。常用漢字表のカッコ書きの「」と、人名用漢字の「」とは、微妙に異なる字体になってしまったのです。

平成16年9月27日、法務省は戸籍法施行規則を改正しました。この改正で、人名用漢字の「」の字体は、中の「兔」が1画減らされて、常用漢字表のカッコ書きと同じ字体になりました。それが現在も続いていて、常用漢字表の「逸()」は、新字旧字ともに出生届に書いてOKなのです。逆に言えば、中の「兔」が1画多い旧字の「」は、昭和56年10月1日から平成16年9月26日の間だけ子供の名づけに使えた幻の字体なのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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