前回述べたように、「片手直立左右振り」という身体的な否定技は基本的に『大人』の技である。その上での話だが、ここで注意しなければならないのは、『娘』が時として、いっぱしに『大人』じみた行動をとるということである。
たとえば、「~ちゃん、きれいになったねえ」などと容貌をほめられ、照れながら急いで否定して謙遜してみせる場合には、「いえいえ」という下降調の発言と共に、『娘』の片手が体の前で左右に振られる。またたとえば、皆の前でまずいことをしゃべり始めた相手に「あっ、ダメダメ! それはここで言っちゃイヤ」と、遠くからこっそり合図する際にも、やはり『娘』の片手が左右に小刻みに振られる。片手直立左右振りが「基本的に」『大人』の技だと留保を付けたのは、この意味である。
しかしながら、『娘』の技は『娘』の技である。しょせん、『大人』の技とは違っている。『大人』の片手直立左右振りは、前回取り上げたマンガにあるとおり、手刀のように、というのは言い過ぎだが、手首の先が定規を添えられたようにスラリとまっすぐ、それなりに優雅に伸びている。これに対して『娘』がせわしなく振る手は、手首がグニャグニャで、左右に振られる軌道も一定していない。指先も微妙に曲がり、優雅さが欠けている。
だが、実は『娘』の方ではそんなことは百も承知で、むしろ、その線を狙っているんじゃないか。日頃あまりハッキリとは意識しないけれども、考えてみると、手首はグニャグニャで軌道もフラフラ、指先はそろわず、曲がっているのが『娘』らしいのであって、優雅さが出てしまったらおしまいだと感じているんじゃないか。
なにしろ、『娘』というのは口をとがらせて「~なんですぅ」なんて子供っぽく言うではないか。正真正銘の子供の時分には、そんなしゃべり方はしなかったのに。「いつもハキハキしていますね」と、小学校の担任の先生にほめられたおまえはどこへ行ったのだ。「~すぅ」ってのは、『娘』になってから、幼さ、あどけなさの残るかわいさを狙って密かに自己演出しているんじゃないのか。
笑う時に口元に手をやる、その手にしても同じことである。これがスラリと指先が伸びそろい、優雅であったりすれば『大人』(『マダム』)の口元隠しになってしまう。これではちっとも若くない。かわいくない。『娘』が口元に当てる手の、指は広がり、曲がっている。そこには秘められた意図があるんじゃないか。おじさんはそう思ってしまうね。
若いということ、かわいいということは洗練されていないということであり、稚拙だということである。そしてその稚拙とは、意図的に仕組まれたものではなく、自然な、素のものであるはずである。だが、本当のところどうなのかということはまた別の問題である(第2回~第3回を参照)。とにかく、手首グニャグニャ、軌道フラフラ、指はそろえず、曲げる。これが『娘』の片手直立左右振りである。