人名用漢字の新字旧字

韓国の人名用漢字は違憲か合憲か(最終回)

筆者:
2016年10月6日

第6回からつづく)

実際のところ、大法院における人名用漢字の追加過程は非公開で、どのような基準で新たな人名用漢字が追加されているのか、うかがい知ることができません。最近では2014年10月に、新しい人名用漢字をプレレビューにかけていましたが、それらの漢字の選定過程は公開されませんでした。その結果、「KSコード」との連携はおろか、Unicodeへの追加もままならず、独自の漢字コードで家族関係登録簿の電算システムを動かす、という状況なのかもしれません。

さて、ここまでの議論を、合憲派(法廷意見)は以下のようにまとめます。

以上の様々な事情を総合して見るに、審判対象条項は侵害の最小性原則に違反せず、通常使われない漢字の使用による当事者や利害関係者の不便を解消し、家族関係登録業務の電算化を通じた行政業務の効率性向上という公益との衡量にも、法益間の比例関係を維持していると見ることができる。
したがって、審判対象条項が過剰禁止原則に違反し、請求人が子の名を付ける自由を侵害していると見るには難しい。

一方、違憲派(反対意見)は以下のようにまとめます。

結局、漢字の全面的な使用を許容したとしても、必要に応じて例外規定を置くことでその立法目的を達成できるにもかかわらず、審判対象条項は、国民に対し国家が定めた「人名用漢字」という基準に合わせることを強制することで、基本権で保護される「両親が子の名を付ける自由」を一律的に制限しており、侵害の最小性原則に背いている。
当事者や利害関係人の不便の防止、あるいは行政の便宜を図るという公益に較べ、審判対象条項により両親が子の名を自由に付けられなくなることで生ずる基本権侵害が、はるかに重大だと見ることができるから、審判対象条項は法益の均衡性も備えていない。
したがって、審判対象条項は過剰禁止原則に違反し、請求人が子の名を付ける自由を侵害している。

当然ながら、全く逆の結論です。そして、合憲派6人、違憲派3人で、憲法裁判所としては「人名用漢字は合憲である」との決定に至りました。

主文
この事件審判請求を全部棄却する。

宣告日は2016年7月28日。2015年9月30日の審判請求から、ほぼ10ヶ月を要しました。

現実論として、いずれ「嫪」は、韓国の人名用漢字に追加されるのでしょう。KS X 1027-1に含まれていますし、Unicodeにも含まれているので、技術的に大きな問題は無いはずです。あとは、いつ大法院が、「家族関係の登録等に関する規則」の別表1を改正するのか、という点だけです。

その意味で韓国の人名用漢字は、いくつか問題はあるものの、日本の人名用漢字に比べれば、まだうまく運用されているように思えます。なかでも「救済措置」は、そこそこ動作しているらしく、「獠」が韓国の人名用漢字に追加されたのは、うらやましい限りです。日本の「戸籍法」における「常用平易」と、韓国の「家族関係の登録等に関する法律」における「通常使われる漢字」との間に、そんなに違いがあるとは思えないのですが、結果的には大きな差となっているのが現実のようです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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