日本語社会 のぞきキャラくり

補遺第73回 「猛禽」について(続々)

筆者:
2014年11月16日

あの娘は『かわいい子』に酷似しているが,実は『かわいい子』などではない。立ち居振る舞い全てを計算し尽くして男を狙っている,おそろしい女なのだ――こう告発し,男どもを引き留めようとしても,この告発それ自体は男どもに対して説得力を持たない。というのは,残念ながら男どもの目はフシアナであって,男どもの目にはあの娘が紛れもない『かわいい子』に映ってしまうからである。なおも告発を敢行することは,『かわいくない女』のひがみととられ,かえって自身が疎まれてしまう危険さえある。

「猛禽」とは,こうした窮地に立たされ続けてきた普通女子たちがついに編み出した語である。上述の告発がなにがしかの効果を発揮するとすれば,それはこの語に負うところが大きい。そしてここには,「猛禽」といういかにもおそろしげなネーミングもさることながら,そもそも「猛禽」が語であることが,大きく関係しているようである。

「猛禽」が語であることが関係しているとは,どういうことか? たとえばデパートで「先ほど紳士服売り場でワイシャツを買われたお客様,お伝えしたいことがございますので~」のような店内放送があるように,呼びかけることばは長い句(この例なら「先ほど紳士服売り場でワイシャツを買われたお客様」)でもいい。それに対して,たとえば「いますぐ200万振り込めばいいんだね。はいはい,オレオレ詐欺さん」と言って電話を切ることはあっても,「いますぐ200万振り込めばいいんだね。はいはい,息子のフリをしてお金をだましとろうとしている奴」と言うことはない。捕まった犯人を「この,オレオレ詐欺め!」と罵ることはあっても,「この,息子のフリをしてお金をだましとろうとした奴め!」とは言わない。呼びかけのうち,特にからかいや罵りにおける侮蔑的な呼びかけは,語に限られるということが重要なのか? つまり普通女子たちの告発がそれなりの効果を上げるには,「猛禽」が語であるためにこの語を使って『猛禽』を「猛禽!」などと面罵できるということが重要なのか?

いや,それは違う。「いますぐ200万振り込めばいいんだね。はいはい,トンマな犯罪者さん」や「この,トンマな犯罪者め!」などが自然なように,侮蔑的な呼びかけは語である必要はなく,ただ短いことば(いまの例なら句「トンマな犯罪者(さん)」)でありさえすればいい。

では,「猛禽」が語であることは,普通女子たちの告発の効果に,どのように関係しているのか?(次回決着)

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。