「ま、住まいのための、おー原則それから」
これは、高校生向けのテレビ番組『NHK高校講座(家庭総合)』(2004年5月28日、2003年度の再放送)の中で、司会役の男性アナウンサーが発した一節である。この「おー原則」とは何だろうか?
「大まかな決まりのことを何と言う?」と聞かれたら、「えー原則」「んー原則」、あるいは「えーと原則」「あのー原則」などと答えるかもしれない。だが、「おー原則」とはふつう言わないだろう。「おー」を、「えー」や「んー」あるいは「えーと」「あのー」などと同じような、考え中に発せられることばと片付けるわけにはいかない。
この「おー」は、直前に発せられた「住まいのための」の末尾「の」(no)の母音である。男性アナウンサーは「住まいのための」としゃべったところでことばをまずいったんとぎれさせ、その後で「の」の母音を延ばして「おー原則それから」と続けるという、考えてみると複雑なことをやっている。
「いやその時はあの、おー大連会談では」「8人の方(かた)、あーの問題について」といった政治家の発言も同様で(2004年5月30日関西テレビ『報道2001』山崎拓氏)、「あの」でいったん発音をとぎれさせた上で「の」の母音「お」を延ばす、「方(かた)」で発音をとぎれさせて最後の母音「あ」を延ばすというように、とぎれと延伸をこの順でやっている。
学生たちのふつうの会話を収録してみると、つっかえ発言はふんだんに見つかる。たとえば「でー、りろ、理論ていうかもうほとんど理論」という発言には、発音のとぎれがある(「りろ、」)。また、「京都国際会議場ってできたじゃん、たからーがいけ(宝ヶ池)の」という発言には発音の延伸が見られる(「たからー」)。
学生たちだけではない。私たちのふつうの会話にはつっかえ発言が頻繁に現れ、そこでは発音がとぎれたり伸びたりしている。つっかえるとはそういうことである。だが、とぎれた上で延伸するという両方を含んだつっかえは、ふつう見られない。とぎれ延伸型のつっかえは、単語末(「あの」「8人の方」)や文節末(「住まいのための」)に、それも公式の場にかぎって現れる。
ただ、公式の場でありさえすれば単語末や文節末に必ず出てくるというものでもない。さい銭をなぜ盗んだのかと警察官に問いただされ、小学生が「悪いとは、あー思ったんですが、賽銭箱を、おー覗くと」のように答えれば、誠意がない、おちょくっているのかということになって、説教だけでは済まなくなってくるかもしれない。というのは、この小学生は明らかに『大人』キャラで、別人としてしゃべっているからである。とぎれ延伸型のつっかえは『大人』の物言いである。
また、大人なら必ず現れるというものでもない。重役会議に連れてこられた、借りてきたネコ状態のヒラ社員が空気をすすりつつ「スー、では、ご説明させていただきます。スシュー」などと発言し、続けて「大連会談の、おー」とやるのはおかしい。これは大人の中でも、それなりの権威を持った大人だけの技である。いま私はこの話し手を便宜的に『権威者』と呼んでいる。だが、いずれ研究が進めば、この世にも珍しい、とぎれ延伸型つっかえの使い手の本当の名前、正体が明らかになるかもしれない。
第27回・第28回では『大人』限定の技を取り上げたが、『大人』の得意技はこのように、ことばにかぎられるわけではない。
というわけで、くどいようだが、3月28日(土)・29日(日)に神戸大でシンポジウム「役割語・キャラクター・言語」を開くので、前々回、前回に引き続き案内をさせていただく。参加は無料、サイトにある指示にしたがってメールでお申し込みください。
//www.let.osaka-u.ac.jp/~kinsui/char-sympo-2009.htm