地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第139回 山下暁美さん:いやしの方言(福井県)

筆者:
2011年2月26日

これまで、方言グッズを「もてなしの方言」「おいしい方言」と分類して紹介してきました。今回は、「いやしの方言」を福井県のグッズを例にあげて紹介します。

(画像はクリックで拡大します)

【写真1 】
【写真1 】

「息子へ たまには連絡しねま! 心配してるんやでの。」(息子へ たまには連絡しなさい。心配しているからね。【写真1】)

【写真2 】
【写真2 】

「お父さんへ あんまり無理せんとの。ぼちぼちでいいさけ。」(お父さんへ あまり無理をしないでね。ゆっくり少しずつでいいから。【写真2】)

【写真3 】
【写真3 】

「ご飯食べてるか? 体に気をつけてがんばっての。」(ご飯、食べてる? 体に気をつけてがんばってね。【写真3】)

【写真1】から【写真3】までを見てグッとこない人は少ないでしょう。共通語より、方言のほうがずっと感情を揺り動かす力があると思いませんか。心の琴線に触れる力です。自分の出身地の方言でなくても泣けてくるのは、どうしてでしょうか。

かつて、テレビ番組で遠く離れたところに進学や就職をした息子や娘に、両親が作業中の田んぼから、テレビを通じて、地元ことばでメッセージを送るという企画があったのを思い出しました。あまりよく理解できない方言での呼びかけであっても、心なごむ思いをしました。

Gooブログで検索すると方言の評判が出ています。話題にしている人は、女性が多いのですが、方言をポジティブ(プラス・好き)に評価している人は、76%でした。理由は、「かわいい」「いい」「おもしろい」「ささる」「ありがたい」というものです。「ささる」は、前述の「心の琴線に触れる力」にあたるものでしょう。最近、病院の治療や学校教育に方言の紙芝居や絵本を採用するところが広がっているとのことです。個別にみると、東北弁がポジティブと評価した人は、83%、九州弁78%、関西弁66%、東京弁56%でした。東京弁については、「上から目線に聞こえる」というネガティブな評価が見られました。東京からより離れた文化的距離にある方言ほど高く評価されているという傾向が見られます。

【写真4 】
【写真4 】(画像をクリックすると全体を表示します)

福井県の方言手ぬぐい【写真4】の西方横綱に「だんね」(差し支えない)ということばがあります。借りたお金を返すのが来週になるときなど「来週でも差し支えないよ」と言われるより、「ああ、来週、だんね、だんね」と言ってもらうと許されてホッとします。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 山下 暁美(やました・あけみ)

明海大学客員教授(日本語教育学・社会言語学)。博士(学術)。
研究テーマは、言語変化、談話分析による待遇表現、日本語教育政策。在日外国人のための「もっとやさしい日本語」構想、災害時の『命綱カード』作成に取り組んでいる。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。

『書き込み式でよくわかる 日本語教育文法講義ノート』 『海外の日本語の新しい言語秩序―日系ブラジル・日系アメリカ人社会における日本語による敬意表現』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。