地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第278回 日高貢一郎さん:大分の現金ポイントカード『ルッチャ!』

2013年11月2日

大分市のデパートで、電子マネー機能の付いた現金ポイントカードが、9月1日からスタートしました。その名は『ルッチャ!』。アルファベットによる『RUCCHA!』という表記もありますから、はて、何語でどういう意味だろうかと思いますが、実はこれ、地元大分の方言にちなんだネーミングです。

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【写真1】垂れ幕
【写真1】垂れ幕

たくさん上がった候補の中から、大分らしさが感じられて、言いやすくて響きもいいということから、この名前に決まったということです。

大通りに面したデパートの壁にはこのカードが始まることを知らせる大きな垂れ幕が下がり、店頭の柱に貼られた5種類のその紹介ポスターには、次のようなキャッチコピーが並んでいました。

つかってチャッチャ! たまルッチャ! 
たまったポイントで、買えルッチャ!  
たのしいことが、はじまルッチャ!   
入会カンタン、すぐたまルッチャ!   
トキハもインダも、つかえルッチャ! 

【写真2】ポスター
【写真2】ポスター

最後の「トキハもインダも、…」はちょっとわかりにくいでしょうが、「トキハ」はこのデパートの名前です。カタカナ表記ですからその通りに読みたくなりますが、実際には【ときわ】と発音します(高年層のアクセントは、頭高でキワ。中年以下では、平板にトキワと言うのが一般的)。「インダ」はその系列のスーパーマーケット=「トキハインダストリー」のことです。ちょっと長いので、地元では「トキハインダ」(ときわいんだ)とか、単に「インダ」と略称で呼ばれています。

大分での一種の強調表現「~ッチャ」については、前に第253回(おおいたっ茶)を取り上げた際にも詳しく紹介しましたが、共通語の〔~だってば〕に相当します。大分方言では、引用の「と」がチに変わりますから、次のように変化します。

貯まる + と + 言えば ⇒ タマル + チ + 言ヤァ ⇒ タマルッチャ

以下、同様にして、「買えルッチャ」は〔買えるってば〕、「はじまルッチャ」は〔始まるってば 〕、「つかえルッチャ」は〔使えるってば〕というわけです。

つまり、「ルッチャ!」「RUCCHA!」は、その後半部をとったネーミングです。

このカードの名前と由来を知った地元出身のダジャレ好きの中学生・佐藤君が、「大分の方言じゃなぁ、強調してえ〔したい〕トキハ、こげな〔こんな〕ふうに言い方が規則的に変わるっちゃ!」と説明すると、転校生の学君、「そうか、このルールを覚えればそれでインダ!」と納得した様子。これでまたひとつ大分の方言について理解が進んだ学君でした。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。