地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第313回 日高貢一郎さん:大分市のメガネ店の方言での広告案内板

2014年10月11日

大分市の商店街を歩いていたら,メガネ店の前で,方言で書かれた大人の肩ほどもある大きな広告案内板に出会いました。両面に違った内容が書いてあります【写真1・2】。その片方の文章を紹介し,元の案内板にはありませんが,共通語訳を添えておきます。

メガネ洗ろうて行かんかえ
メガネがそげえ汚れちょったらせっかくんベッピンさんが
台無しじゃが。むげねえの~。はよ店ん中入っち洗うちもらいよ。
汗やら汚れがおちて真剣見ゆるごとなっち、
そうとう品がよーなるで~。サービスやけんタダで。
『 洗ろ~て 』ち言うて、中入いっちみてん!

【共通語訳】
メガネを洗っていきませんか
メガネがそんなに汚れていたら,せっかくの別嬪さんが
台無しだよ。かわいそうになぁ。早く店内に入って洗ってもらいなさいよ。
汗やら汚れが落ちて,本当によく見えるようになって,
相当上品になるよ~。サービスだからタダだよ。
『 洗って 』と言って,中に入ってみなさいよ!

(クリックで全体を表示)

【写真1・2】メガネ店店頭の広告案内板(両面)

【写真1・2】メガネ店店頭の広告案内板(両面)
【写真1・2】メガネ店店頭の広告案内板(両面)

と,呼びかけています。夕方になると中に入っている照明が点灯し,さらに存在感が増してきます。ならばと,早速店に入って店主にいろいろとお話を聞きました。

「手書きでこれだけたくさんの字を書き込むのは大変でしょう」と問うと,「実は,ワープロで作って拡大してはめ込んでいます。手書きのように見えますが,この字体は自分で作ったものです。これまでの“作品”も全部ハードディスクに残してあります」とのこと。

7年ほど前から始めたそうで,店の前を通りかかった人がこれを見て立ち止まって読んでいたり,店内に入ってきて,同じような質問を受けたりすることがあるとのこと。「耳になじんだ地元の方言ですから,目で読んでもそれだけ印象が強く,皆さん,けっこう気になるようですねぇ」と笑って説明してもらいました。次作ができたら適宜交換している由。

共通語での「どうぞお気軽にお立ち寄りください」とか「メガネのことなら何でもご相談ください」という呼びかけとはやはりインパクトが違い,それだけ人の目にとまりやすく,足を止めさせ,さらには店内に呼び込むだけの”吸引力”があるということでしょう。方言作戦大成功! と言ったらいいでしょうか。

文案を考えるときには,まず冒頭の見出しの表現=「つかみ」を大事にし,説得力がある内容と表現になることをめざして,わかりやすく親しみやすい説明になるよう心がけているということです。なお,初めに原案は共通語で作り,それを元にして地元・大分の方言らしいメッセージになるよう手を加えて仕上げているということでした。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。