クラウン独和辞典 ―編集こぼれ話―

112 ルバーブ

筆者:
2011年3月14日

恥ずかしい話だが、ルバーブRhabarberというものを私はドイツで初めて見た。今から二十年以上前の話である。スーパーマーケットの果物の棚に、蕗のような長い太い茎が並べてあって、見たことのない名札がついていた。勇を鼓して、隣にいた老婦人に、これはどうやって食べるんですか、と尋ねたら、砂糖と一緒に煮つぶして食べるんです、毒じゃありませんよ、と諭すように丁寧に教えてくれた。

そう値段の高いものでもなかったので、早速買って帰って、言われたとおりに調理してみたら、見るからに繊維質の多い、酸味の強い、赤いきれいな色のジャムができた。独特の風味で、悪い味ではなかったが、何しろ大皿いっぱいできてしまい、そんなに一度に食べられるものでもなかったので、始末に苦労した覚えがある。後で聞いたら、ヨーグルトに入れたり、パンに塗ったり、パイに入れたりして食べるものだそうだ。大黄(だいおう)という漢方薬と同じ種類で、独特の風味はそのせいらしいのだが、お通じにきくそうで、食べ過ぎると副作用もあるようだ。

一つ不思議なのは、あの時こちらの質問に親切に答えてくれた老婦人が、なぜ「毒じゃありませんよ」とわざわざ真剣な顔をして付け加えてくれたのか、ということだった。しきりと首をかしげていたら、私のドイツ語力の低さを哀れむように、さる同僚が教えてくれた。それはお前が、「どうやって食べるのですか」という質問に、essenを使ったからだ。そういう場合はgenießenを使うものだ。essenできるかどうかとは、食べ物かそうでないか(つまり毒か)ということであり、genießenできるかどうかとは、おいしく食べられるかどうかということになるのだと。同じ「食べられる」でも、essbarとgenießbarの違いもそこだ。

こう教えられて私はすっかり恐縮してしまった。あの善意の老婦人に、私はとんでもない心配をかけてしまったのではあるまいか。

最近はドイツのスーパーマーケットでルバーブを見かけない。ドイツでもあまり食べられなくなったのだろうか。

筆者プロフィール

『クラウン独和辞典第4版』編修委員 石井 正人 ( いしい・まさと)

千葉大学教授
専門はドイツ語史
『クラウン独和第4版』編修委員

編集部から

『クラウン独和辞典』が刊行されました。

日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

(第4版刊行時に連載されたコラムです。現在は、第5版が発売されています。)