ドイツでリンゴ狩りに行き、好物のリンゴに囲まれて食べ放題、しかも初めて見る種類のリンゴばかり、と言うことになると、だんだん贅沢になり、一口二口初めての種類を味見すると、大して痛みもなくポイと木の根元に捨てるようになる。誰しもそうなると見えて、どの木の下も囓った後のついたリンゴが山になっている。あれは肥料にしたり馬の餌になったりで、無駄にはならないのだそうだが。
一般に果物は、もぎたてだと不思議な冷たさがあって、しかも酸味が強い。独特の風味や甘みは、収穫後しばらく置いておかないと出てこない。木からもぎ取っては味見をしていくと、「ガラ」だろうが「エルスター」だろうが「コックス・オレンジ」だろうが、みんな「紅玉」のような酸味の強い味がして、よく区別がつかない。一口囓っちゃポイ捨てに拍車がかかる。
結局体中から甘酸っぱい湯気が立つような気持ちになるほどリンゴを食べて、その上ねこ車Schubkarreに山盛り買って帰った。
果樹園の方も商魂たくましく、リンゴ狩りに疲れた客に、ちょっと休める場所を用意して、コーヒーやお菓子(もちろんホームメイドhausgemachtのリンゴ・ケーキApfelkuchen)も売る。季節の飾り付け用のカボチャKürbisも並べる。
驚いたのは、売っていたのがその果樹園に滞在中のフランス人の親子だったことだ。父親はもちろん、十二歳の息子も上手にドイツ語を話す。ヨーロッパの農家の間には、国籍や言語の壁を越えた地縁的結合があり、農繁期には人手を融通し合うほか、子供を預け合って、意識的にバイリンガルに育てるという話を聞いたことがあったが、現実に見たのはあれが初めてだった。それでも息子の方は客あしらいをしながら、思わずケーキKuchenをフランス語で「ガトー」と言ってしまったりするのだが、私のようなたちの悪い日本人にからかわれても、顔を赤らめてどぎまぎしながら、真剣にドイツ語で仕事を続けようとしていた。物見遊山ではないのだ。悪いことをした。リンゴ狩りで浮かれすぎた。