本来は句である熟語を1語に書くかどうかという問題はあくまで正書法の問題であるが、どのような場合に1語に書くかは必ずしも明確には決められない。従って、正書法辞典などの形で人為的に決めるほかはない。これに対して、複数の語から新しい単語を作る造語は最初から1語に書くことが決まっており、その造語法は統語規則とは区別される。例えば、いわゆる分離動詞は動詞句が熟語化したものであり、正書法によって不定詞形、分詞形を1語で書くことに決められたものであるが、非分離動詞は接頭辞による造語である。
名詞の場合、造語による複合名詞があるだけで、名詞句の熟語化による1語書きは存在しない。まず、名詞と名詞が並んでいるとき、複合名詞であれば付加語的要素の名詞はその語幹のみが前に置かれるから、句ではないことがわかる。反対に、名詞句であれば付加語的要素の名詞は後に置かれ、それの格表示もなされるから、これを1語に書くことはない:die Stadtmitte「都心」:die Mitte einer Stadt「都市の中心」。ただ、歴史的に見れば、die Königskrone「王冠」などは本来、eines Königs Krone「王の冠」という句であったものが1語書きされるようになったと言える。ただし、現代語では属格名詞は前置されなくなったので、属格を表わすsは接合辞と解釈される。このことは属格にsが付くことがない女性名詞との複合名詞にもそれが表れることからわかる:der Arbeitsmarkt「労働市場」、die Universitätsbibliothek「大学図書館」。また、中世語では女性名詞にも弱変化があったから、その単数属格形には語尾[e]nが付いた。従って、der Sonnenschein「日光」 die Frauenkirche「聖母教会」などにおける[e]nはそれぞれdie Sonne「太陽」、 die Frau「女性(ここでは聖母マリア)」の単数属格形のなごりであり、これも今日では接合辞として機能している。
形容詞と名詞、動詞と名詞が並んでいるときも両者の区別は明確につけることができる。複合名詞であれば形容詞、動詞は語幹が使われるから句ではないことは明らかだし、名詞句であれば、付加語としての語形変化をしているからこれを1語に書くことはないからである:die Großstadt「大都会」:die große Stadt「大きな都市」、der Schreibtisch「書き物机」:der Tisch zum Schreiben「書き物のための机」。
句が名詞として1語に書かれるようになったものとしてはder Taugenichts「役立たず(人)」、das Vergissmeinnicht「わすれな草」などがあるがこれは文が名詞化したもの。